maya

劇場のmayaのレビュー・感想・評価

劇場(2020年製作の映画)
4.3
沙希が現れてから劇場の席を立つまでの全ての彼女の感情が手にとるようにわかってしまい、悲しくもデジャヴを感じる言動の連続で自分にとっては物凄くしんどい作品だった。

「馬鹿じゃないよ」
という軽い調子で言ったその言葉の重さは相手には伝わらない。全てわかっていて、でもそうしないと自分が保てない故の立ち振る舞いが最初からもう痛々しい。沙希の言葉の裏にある気持ちを常に想像できてしまうせいで前半からずっと水の中で溺れてるみたいに苦しい気持ちになる。
気が立ってる永田を目の前にし、気づかない振りしておどけてみたり、鎮めようとしてどうにもならなくて自己嫌悪になったり… それを繰り返していくことでだんだんと壊れていく心。周囲から「優しい」という言葉で形容される彼女の性格は、そんなふんわりと柔らかく包み込むようなものだけではなく、惨めさ、弱さ、淋しさも同居しているはずだ。
「彼女は優しいから」「いい子だよね」
誰かがそう言う度に彼女はきっと心の中で重りを一つずつ積み重ねている。「神さまのようだ」という言葉は特に残酷だ。トドメをさされた気分。それまで身体に触れないようにしていた彼女が自転車の荷台から、すすり泣きながら永田の腰に腕を回すシーンは一見2人の心が再び通い合う温かい時間にも見えるが、個人的には非常に悲しくて淋しいシーンだった。永田に悪気はない。今まで伝えられなかったことを、夜風を味方につけて饒舌に彼女へ純粋な気持ちを伝えている。…だからこそ残酷さは増すようにも思える。

サッカーのゲームの勝敗なんて本当は興味もない。テーブルに放置されている丁寧に剥かれた梨、注がれた麦茶。
人が自分から離れていくのが怖くて、不安で、否定的な言葉は避けて我慢し、面白くないことでも一生懸命笑う。故に潰れてしまった姿を見て、彼女の生き辛さを一緒になって受け止めてしまい非常に辛くなった。「勝手にふるえてろ」の役作りも素晴らしかったが、今作も松岡茉優の表現力の高さには脱帽する。


2人でソファに腰掛けている時間だけは安心で安全。共依存ともちょっと違う、不器用な2人の顛末は容易に想像できたが、初めて真正面から向き合い、言葉を紡ぐラストシーンは仕掛けも含めてなかなか良かった。少しだけ、空が開けた気がする。
maya

maya