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アラビアンナイト 三千年の願いのCHEBUNBUNのレビュー・感想・評価

4.0
【願い事を言ってくれ!頼む!】
『マッドマックス 怒りのデス・ロード』で熱狂の渦に包んだジョージ・ミラー最新作は「千夜一夜物語」をベースにしたファンタジー作品と聞いていた。この度、キノフィルムズさんのご厚意で一足早く観ました。日本公開2/23(祝・木)『アラビアンナイト 三千年の願い』の感想を書いていく。

「千夜一夜物語」といえば、暴君シャフリヤールの怒りを沈めるためにシェヘラザードが面白い話を聞かせ続ける内容である。ジョージ・ミラーはその構図をユニークな形で再構築している。主人公は、ティルダ・スウィントン演じる物語研究者の女性アリシアだ。彼女は、出張先であるイスタンブールのバザールで美しいガラス瓶を買う。ホテルにてそれを取り出すとあら不思議、魔人のジン(イドリス・エルバ)が現れる。そして次のように語る。

「3つだけ願いを叶えてやろう。」

少し悩んだ挙句、アリシアはその権利を放棄しようとする。物語研究者である彼女は、その願いの代償を知っているからである。物語には教訓がある、いい話には悪いオチがあることを知っているからだ。ジンは狼狽する。なぜならば、主人の願いを叶えないと「破滅」が待っているからだ。そこで彼は必死に、身の上話をすることで彼女から願い事を聞き出す作戦に移行する。

シャフリヤールとシェヘラザードの関係性が逆転した内容にまず驚かされる。そして、この物語研究者の複雑な心理描写に惹き込まれる。彼女は、物語(=フィクション)が好きだ。だから研究をしている。一方で研究者としてロジカルにあろうとする。物語とは昔の人が残した「教訓」である。その教訓が何かを冷静に見つめようとする。なので映画は、科学技術と物語分析を等価に扱おうとしている。これはE・H・カーが「歴史とは何か」で語っていた、科学者と歴史学者が根底で繋がっている理論と一致する。つまり、個々の事象を捉えながら、ある共通点は本質を見出そうとする活動なのである。

アリシアは、学者として「魔術的なもの」から一歩引く。物語論的に、不幸が待っているのではと疑う。しかし、ジンを拒絶することはない。彼の言及の中にある本質や真実を掴み取ろうとする。研究者としての好奇心の眼差しが彼に注がれるのだ。学者の精神に迫る人物造形が緻密で、興味深く映画を観ていると、女性たちの悲しき物語が綴られる。ここに『マッドマックス 怒りのデス・ロード』との共通点を見出すことができる。

つまり、抑圧された女性の解放である。

「千夜一夜物語」におけるシェヘラザードは、男の暴力から逃れるためにコンテンツを提供し続ける存在だ。2022年に蘇った「千夜一夜物語」では、男の願いに乗らないことでコンテンツ提供者=シェヘラザードという図式から解放しようとしている。また、悲劇に関しても、単に女性=憐れむ存在という図式に陥ることなく、一癖二癖ある物語となっている。さらには、ジンですら神的存在から人間的存在へと解放している。

物語が誰かの教訓だとすれば、その教訓を提供した存在がいる。歴史の中で消えてしまった個人に光を照らすことで、その教訓に再び生命力が宿るのではないか?『アラビアンナイト 三千年の願い』はコンテンツとして物語が消費される時代に、人が消費されてしまう時代に、コンテンツを見つめることで個人の存在を呼び覚ます作品であった。

『アラビアンナイト 三千年の願い』は2023/2/23(祝・木)より日本公開、是非劇場でチェックしてみてください!

P.S.実はアラジンは、「千夜一夜物語」のアラビア語原典にない話として知られている。ある種の偽物語なのだが、本作はこれを軸としている。A・S・バイアットの短編集「The Djinn in the Nightingale's Eye」が原作ということもあるが、敢えてアラジンを軸にしているところ、重要かもしれない。ここを掘り下げた話を「千夜一夜物語」研究者から伺いたいものがある。
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