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すばらしき世界のmolのレビュー・感想・評価

すばらしき世界(2021年製作の映画)
5.0
今年のベストもう出たかもしれない…
公的な支援も少なく、自助共助を求められる不寛容な時代だからこそ刺さるものがある。こういう映画が今テレビCMで流れていることはとても素晴らしいし多くの人に見てほしいと思える。映画は世界を、人を変えるきっかけになりうるんだと勇気を貰えた。

主人公は元ヤクザの刑務所上がりで、我々とは比べ物にならないくらいのマイナスからのスタートだけど、長澤まさみ演じるテレビ局のディレクターが言うように、社会的なレイヤーに関わらず誰しもが、生きづらさを感じている。新聞記事のときにも通づるジャーナリズムの視点があって、この映画を公開するということがメタ的にどういうことか語られる居酒屋のシーンからカメラを壊すまでのシーンはグッとくるものがあった。
主人公の真っ直ぐさが社会には通用しない感覚、大学でて、就職して感じた見えない大きな壁がある感覚に似ている。みんなが自分に見える範囲の世界しか見えないから、他の人にはこの不満や不安が見えていないんじゃないかと絶望したり諦めたりしてしまう。この映画の素晴らしいところはそういった生きづらさをものすごく多面的に捉えて、多くの人間にとってこの映画は他人事ではないと思わせてくれるところにあると思う。最初のすき焼き食べてるときに映るテレビの内容から、ラストの介護施設でのやり取りまで、自分だったらどう思うか、どうしたいと思うか揺さぶられた。
主人公が徐々に社会性を身に着けていく過程では、耳障りのいいことしか言わない、すぐに変わるかのようなきれいな言葉しかない諸々の資本主義に染まりきったメディアに対する皮肉かのように、人はすぐには変わらないこと、世界はすぐには変えることができないことを思い出させてくれる。それこそが救い的でもあるし、ちょっとずつ、3歩進んで4歩下がったとしても、進む勇気を与えてくれる。九州に帰る電話のシーンはある種の救済的に兄弟が受け入れてくれはするが、助かろうとする主体がなければ周りがいかに助けてくれようとしても意味がないと思わせてくれる。
釣りから帰ってきた主人公が兄弟の家に警察がきていることに気づいて、奥さんに引き戻されるシーンや「カッとなりそうになったら私達のことを思い出して」と言うシーン、銭湯で背中を流してもらうシーンなどは本当にその人のことを大事にしているからこそできることだなと思うし、そういう身近な関係性を壊さず大事にできることこそが重要だよなぁ。
ラストは花束を手にとって死んでいき、周りの大事な人が自分のために取り乱して泣いてくれるというショットは真に主人公が社会性を確立した証でもあり、救済的で悲しいシーンではあるがどこか喜びや安らぎを感じた。タイトルが出てくる、都会の、広い空の画はこの世界は「すばらしき世界」で、苦しくて生きづらいけど、捨てたもんじゃないと思い出させてくれた。
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