吉太郎

ミッドナイトスワンの吉太郎のレビュー・感想・評価

ミッドナイトスワン(2020年製作の映画)
4.2
何で私だけ、、、何で私だけ、、、

このシーンから完全に没入させられる。草彅さんの威力、びっくり。トランスジェンダーだけに限らず、多くの人が持つこの世への疑問や怒り、やり場のない想いを絶妙なニュアンスで代弁しているなぁ。みずきが連れて行かれた後、朝なんだか夕方なんだかわからない新宿の朝が映される。日本はきっと、この先何十年経っても永遠に古く、生臭いだろう。他の先進国がこの映画をみたらどう思うだろう。

海でなぎさの最期を見たイチカのこの世への怒りの目つき、なきさが金魚を見ながらタバコを吸う諦めた目線、一緒にコンクールをして、迷いもなく空に舞っていくりんの表情。何度も何度も踏みにじられ、自分自身を何度も何度も殺してきた者たちの表情。椅子を投げつけられる側の人間には絶対に分からない繊細な感情。

朝食をぶちまけた時、イチカの不安を全てわかって溶いていくなぎさは完全なる母だった。一果が舞台で呼んだのは、凪沙だっただろう。

先生にお母さんって言われたとき、嬉しかったろうな、嬉しかったろうな、あの時のなぎさの顔が、計り知れない覚悟で実家に帰って女になったのよ、と言ったあのなぎさの顔が、イチカが東京に来たあのときに浮かんでしまって、耐えられなかった。凪沙の横顔、どうしてあんなに綺麗なんだ。ものすごいカット。この映画は、この世に対する祈りだ。

『うちらみたいのんは』凪沙が言うように、二つに分かれてる。何度か東京の朝のシーンが映されるが、乱立する新宿の雑居ビルの下で、この朝を、果てる直前まで『綺麗だ、、、』とそう思える人が命を落としていく世の中、その美しい灰を、生まれてからずっとゲラゲラと笑っているカエルたちに踏み消されていく。
みずき、みずき、苦しかったね。誰も助けてくれなかった、彼女たちが浴びてきた視線、繊細すぎたりん、自らでも助かれなかった、でもいちかは、みずきも、なぎさも、りんも全てを抱きながら、この言葉を完全に制覇した、トレンチコートと赤いヒールを履いて、絶対に踏み締めていく、潰されなんかしない。
彼女たちは、たくましく生ききった、こんなドス黒い世界に絶対に汚されることなく、美しさを、血を滲ませながら貫いたんだ、この死は負けじゃない、この世の負け、そうでしょ、お願いだから言い切らせてくれ。誰にも何も言わせない、健太郎なんて知らないといったみずきの、ヘルメットに健二とかいた凪沙の、屋上でキスしたりんの、みんなの気持ち、全部全部、イチカだけのもんだ、イチカの踊る舞台に祀られる彼女たちの生き様を、目をこじ開けて焼き付ける。なりたい姿で、何層にも重なる真実を、みんなの最愛のイチカだけが知っている。
吉太郎

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