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ミッドナイトスワンのmaiのレビュー・感想・評価

ミッドナイトスワン(2020年製作の映画)
4.5
日曜に見に行きました。
これは鑑賞後にだれかと感想を共有したくなるだろうなと思ったので、いつもは一人で映画を見に行くのですが、今回は他の人も誘って観に行きました。
正直、内容的に期待している部分もありつつ、草彅剛だからこんなにも注目度が高いんじゃないのかなとか色眼鏡で見てしまっていたのですが、そんな思いを持っていたことすら全力で謝りたいくらい、草彅くんのナギサが乗り移ったかのような演技とイチカの気高さや純粋さに胸を打たれました。

まず言いたいのは、この映画はトランスジェンダーを主軸に置いた映画ではありません。主人公のナギサはトランスジェンダーであるので、もちろんその「トランスジェンダーである」事実は映画のストーリーに関わってきますが、あくまでそれは要素のひとつであって、この映画が語りたいものというのはもっと幅広く大きな枠組みであると感じました。
はじめは「女の子になりたい」であって、今の自分自身を脱ぎ去って(取り去って)新しい人生を歩みたいいう思いを抱えていたナギサですが、自分と境遇は違えど「ひとりで歩んでいかなければならない」人生を抱えたイチカという少女に出会うことで「自分のままで女性として生きたい」という自己否定が自己肯定に変わっていくのです。「女になりたい」と「女性として生きたい」は同じように見えて、実はこんなにも違うものなのかと、まずそこに胸を打たれました。母親になりたいと決意したというのも、イチカを守る存在として自分のあるべき姿を確実に見通せ始めたという印のように思いました。
そして、その中で様々な社会との隔たりを感じていくんですね…「LGBTへの理解力あります」アピールに自分を消費されたり、トランスジェンダーであるというだけで性を消費されたり蔑まれたり。個々人として上も下もあるはずはないのに、無意識のうちに社会は自分のことを消費していい存在、自分よりも立場の弱い存在であるという認識を共有しているのです。そんな生きづらい世の中で、「なんで私だけがこんなにつらい思いをしなければならないのか」という叫びは聞いていて本当に辛かったです。自分らしく生きていいよ、自分らしく生きなよ…そんな言葉は溢れているのに、その言葉通りに生きればいつか壁にぶち当たる…そんな社会の皮肉さ非情さが伝わってきます。
しかし、そんなやり場のない怒りや憎しみも自分をトランスジェンダーではなく、ひとりの人間として応対してくれるイチカやバレエ教室の先生にナギサは救われていきます。
予告の中にもありますが、ナギサがバレエ教室の先生に「お母さん」と呼ばれてうれしくなるというシーンは特に印象的でした。自分らしく、トランスジェンダーとして社会に出ようと思った矢先、その面接先で「トランスジェンダー」という認識は嫌でも付いてくるのだと思い知らされた直後のシーンだからこそ尚更胸に来ました。
その微笑んだ表情が、もう草彅剛本人ではなく「ナギサ」自身のように思えて、幸せなシーンのはずなのに涙が出ました。
そして、ナギサが自傷のクセのあるイチカを抱きしめるシーンや、海へと出かけるシーン…数々の涙のシーンがあって…もう泣けて仕方なかったです。
でも、不思議と鑑賞後は悲しいという感情は持たなかったんです。切なさはあるけれど、悲しいわけではない…それはきっとナギサの思いが確実にイチカへと通じて引き継がれていったという希望が宿っているからだと思います。
自分を自分として、自分の人生を生きる…それが家庭環境や社会環境で叶わなかったナギサやレイの思いを一身に受け止めて、それでも折れずに生きて夢を成し遂げる。その気高さに最後救われました。

ぜひ色眼鏡なしで、自分にも繋がってくる愛ある映画として、いろんな人に鑑賞してほしいなと思いました。確実に草彅くんの代表作のひとつになるであろう傑作で、イチカを演じた服部さんの記念すべきデビュー作です。
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