ヒラツカ

アントマン&ワスプ:クアントマニアのヒラツカのレビュー・感想・評価

3.6
映画館ではいつも朝イチの回を観るため、客席はガラガラなことが多いのだが、今日は、けっこう混み合ってた。さすが、マーベル・シネマティック・ユニバースの新作。しかしまあ、2008年の『アイアンマン』からずっとリアルタイムに追ってきて、いろんな楽しみを享受してくれたこのシリーズには恐れ入った感謝しかないものの、2012年の『アベンジャーズ』で商業映画界で天下を取ってまる儲けをしてから、工場制機械工業による大量生産フェーズに入ったマーベル・スタジオ、ここまで品数が多くなっちゃうと僕もすべての配信ドラマまでを観ることはなくなり、ジェームズ・ガンと一緒にDCエクステンデッド・ユニバースに浮気しそうになってるちょうどいま、まんがいち本作に希薄さやマンネリを感じちゃったあかつきには、「MCUはそろそろいいのかな」という判断をするところだった。でもしなかった。熱かったのだ。
今回のアントマンの3作目は、歴然たる革命映画で、とくに反乱軍たちが異形な者も含めて多様性に富んでいるというのは、『スターウォーズ』とか『レディ・プレイヤー1』を想起させる仕上がりとなっている。もろにカンティーナの酒場みたいなのも出てくるし。しかし、MCU作品の中では「統治に対する抵抗運動」という構図って、実は今までなかったんじゃないかな?これまで戦ってきた相手は、ほとんどがテロリストや侵略者で、ときどき内戦や裏切りはあるものの、基本的にはヒーローはアメリカやワカンダやアスガルドなど「政府側」であり、つまりは体制サイドに所属していた。しかし、今回は征服者カーンが支配する量子世界を舞台として、インカの戦士がモチーフらしい女戦士を筆頭に、レジスタンスサイドについているわけだ。そういえば、マイケル・ダグラスがぽろっと「蟻は社会主義だしな」みたいなことを言い出したりもしており、ディズニー、なんとなく左寄りな思想を許可し始めている感じがある。
まあそれはそれとして、クライマックスのピンチ&加勢の繰り返しの順当な展開がとにかく熱い。そもそも全体的にパルプ・フィクション然としたご都合主義に振り切っているわけで、とっても観やすかった。例えば、両脇を抱えられてストームトルーパー的な雑魚兵隊たちに連れて行かれるのだが、すぐに隙きを見て反撃して逃げれちゃうのだ、もっとちゃんと捕まえておけばいいのに。また、アントマンには呪いのようについてまわる、ウルトラマンや戦隊ヒーローと同様の「最初から巨大化すりゃいいじゃん問題」も健在。これぞコミック映画だなあ。さいきん、『ブラックパンサー』でアカデミー作品賞ノミネートされちゃったりして、なんか高尚なものだと思われたい欲望が出ちゃってたんじゃないの?こんなんでいいのよ。
しかし、大物俳優がMCU作品にスポットでゲスト参加すると気になっちゃう問題が、今回もあった。どうしたってビル・マーレイは異物感ある。例えば、『キャプテン・マーベル』のジュード・ロウや『スパイダーマン』のジェイク・ギレンホール、『バトルロイヤル』のケイト・ブランシェットなんかは、ヴィランだからいいのだ。でも、『キャプテン・アメリカ』のトミー・リー・ジョーンズは違和感だし、『ラブ&サンダー』のラッセル・クロウは論外。なんだろうなあ、『ガーディアンズ』に出てきたスタローンは、不思議と気にならなかったわけなので、そこにはなにか法則がある気がするが、まだわからない。
あと、前も何かで言った気がするけれど、このシリーズ、ポストクレジットを観なきゃいけない問題をなんとかして欲しい。ついに、本編が始まる前に、「エンドクレジットのあとにも映像があります」って注意書きが出るようになったぞ。もしかして、「教えてくれないから見逃したじゃん」っていうクレーマーがいるんだろうか。アルファベットが下から上へ流れるだけのシーンを、延々と観客全員で眺める時間、あれが気持ち悪い。僕は、こんなに大量の人名を観ると、なんかちょっと怖いんだよな。タワマンとか巨大な橋梁みたいな、ものすごく大勢が、ものすごい大量の材料を使って作ったんだなあという人工物をみると、心がざわざわするのだ。メガロフォビアの一種なのかな。