エマ

空白のエマのレビュー・感想・評価

空白(2021年製作の映画)
4.4
《※個人的妄想・偏見的考察含みます》

娘と父親の間にある空白。場所としての空白と、時間としての空白。

曇天の天蓋のような重苦しさの中に、救いは無い。

「偏向報道をダメな事だとしか言っていない」みたいな感想の人はこの作品としっかり向き合ったのかな。
報道番組をシニカルに描いているものの、父親の怒りの核心に偏向報道が触れることは無く、あくまでも装飾的に置かれているものだと感じた。
父親の「知りたい」という怒りは、娘のことを知ろうともしていなかった自分に対する怒りである。娘の事を「娘が死ぬ一因である男」から聞くことで娘の事を少しでも理解しようとしている姿はとても悲惨だ。
また、父親が店長を追いかける場面があるが、これは店長を追いかけているように見えて、実はその先にいる少女の残像を追いかけているようにも思える。なぜなら父親は娘の事を知らないが故に、亡くなった後に彼の前に残像が現れることは無いからだ。
この作品では物理的な「空白」も描かれている。
父親と娘が物理的に接触する場面はない(マニキュアを塗っていたことも知らなかったことからも言える)。しかし、職場の後輩だったり、付きまとってくる報道陣に対しては暴力という名目で接触していることが分かる。他人への接触はあるのに(それが暴力であったとしても)娘に対しての接触はなく、残像は現れない。しかし、最後にタクシーに乗りながら元妻に手を触れてもらうシーンがあり、その直後に娘の残像が浮かび上がる。家族としての物理的空白も存在していたことが明らかになり、それを父親自身認めているのだ。

この作品の中に救いはただ一つだけ、新しく産まれた赤ちゃんである。それ以外は、希望をみいだせる場面はあるものの救いとまでは言えない。なぜなら、少女は現に亡くなったからである。

怒りの所在が見いだせ無い苦悩に、奥の歯痛のような疼きを覚えた。
素晴らしい作品であるが、二度と見たいとは思えなかった。多分見るけど。
エマ

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