19世紀末から20世紀初頭の英国が舞台で、女性の置かれた立場や女性解放運動、女性の参政権をめぐる社会的対立がテーマにもっている。私の研究していたヘンリー・シジウィックとその配偶者エレナ・ミルドレッド・シジウィックは、後述のミリセント・ギャレット・フォーセットとともにケンブリッジ大学で2番目の女子学寮となるニューナム・カレッジの創設(1871年)に深く関わった人物であり、エレナ・ミルドレッド・シジウィックは学寮長にもなっているので、個人的には物語の主題であるミステリーよりも時代背景の描写に興味をひかれた。例のごとくどんな内容の映画か知らずに観はじめたのだけど。
ところで、シジウィック夫妻とフォーセットはJ. S. ミルとハリエット・テイラーによる女性解放運動ないし思想の系統に属しており(J. S. ミル『女性の解放』1869年 https://amzn.to/3CNbTWp)、フォーセットが初代会長を務めた1897年設立の女性参政権協会全国同盟(National Union of Women's Suffrage Societies, NUWSS)は本作に登場するエノーラ・ホームズの母ユードリア・ホームズが関わっていた組織とは対照的に穏健な活動を行っていた。他方で1903年にエメリン・パンクハーストが設立した女性社会政治同盟(Women's Social adn Political Union, WSPU)は爆撃を含む暴力も辞さない活動を行っていたので、本作に登場する組織のモデルはNUWSSではなくてWSPUなんだろうなと。
作品が何年のことなのかは作中の情報が錯綜していて正確には特定できない。というのも、冒頭で1884年にエノーラ・ホームズが0歳と情報が提示され、16歳の誕生日(7月)に母親が行方不明になったことで物語ははじまる。したがって物語は1900年の出来事だろうと推測がはたらく。ところがエノーラが脱走した日にシャーロック・ホームズが読んでいる新聞"PALL MALL GAZETTE"には1884年とありNo. 6220、そのあとエノーラが連れ戻されて入れられるハリソンズ・フィニッシング・スクールの寄宿舎で読む新聞"PALL MALL GAZETTE"も1884年でNo. 6207、事件が解決したあとにエノーラが購入した新聞"PALL MALL GAZETTE"の発行年は確認できないがNo. 6214。きっと1900年が舞台なのだろうけど、こういう細かいところが矛盾していると非常にもやもやする。
視聴者に向けて登場人物が話しかけてくるスタイル、シーンとシーンのあいだに説明的なアニメーションが入るのは好みではない。最初だけかと思いきやずっとその調子で終始説明的。暗殺や格闘のシーンも現実なら何回死んでいるんだろうというところで興ざめ。中途半端な安っぽいラブロマンスが主人公エノーラ・ホームズのキャラクターを台無しにしていて残念だった。
動画配信サービスを提供する会社が潤沢な予算で映画やドラマやアニメを製作して全世界で配信してくれるのはある意味ありがたいことなのだけど、多数の作品を多言語対応するために行われている吹き替えや字幕の翻訳の質が低下しているとの印象をぬぐえない。こういう粗悪な翻訳が出回るのは非常に残念。ちなみに、この作品はNetflixのオリジナルなのではなく、すでに製作されていた映画が新型コロナウイルスの影響で上映できなかったためNetflixが配信権を獲得して配信しているようである。そうすると字幕や吹き替えは元の製作者によるものなのかNetflixによるものなのか気になるところ。いちおうエンドロールの最期に日本語版についてのクレジットがある。
2025年2月3日(日)にNetflixで鑑賞。