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ドライブ・マイ・カーの速のレビュー・感想・評価

ドライブ・マイ・カー(2021年製作の映画)
4.1
お話の筋立ては興奮するようなところがなく、しかしそれでいて映画としては面白いという体験であった。

さしさわりのない程度にごくわずかな設定を書く。主人公には、妻の録音したカセットテープを再生して、戯曲をおぼえる習慣がある。運転中に音声を流すのだ。しかしある演劇祭でチェーホフの作品を演出する際、主催側の準備したドライバーに自分の車を運転させることになる。

映画自体は長時間だが、極端なストレスを感じないのは、映画のなかで演劇の稽古の様子が描かれるからだ。この映画には、主人公の生きている現実を観る時間と、演劇を観る時間があり、切り替わるので飽きを抑えてくれる。

ただし、いわゆる劇中劇かというと、異なるようにも思われる。というのは、映画内の演劇の様子は主に稽古であるからだ。この映画は、「現実と演劇」の構造ではない。「現実とメイキングオブ演劇」なのだ。

「メイキングオブ演劇」の部分は、実践でありつつ、主人公の持つ演劇の理論が背景にあることも感じさせるので、半分理屈っぽい。その半分だけ理論的な感じが、頭の違う部分を使わせてくれる。

主人公とドライバーは心の交流をするのだが、そこで交わされる話は、ドラマティックなようでいて格別名言が出るというほどではない。というか、真理のように言われるセリフも、大して新鮮ではない。だからかえって演劇が目立つ。

主人公とドライバーがどう交流するかを楽しみ、ついでにその途中における「メイキングオブ演劇」を楽しむつもりで観ることになるが、実際に観終わると、「演劇」が頭に残っているような、そんな映画体験だった。

(追記)
序盤の、あるシーンは、職業的なハラスメントの可能性もあるということを、観ている側には忘れないでほしい。
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