美まさ

クライ・マッチョの美まさのレビュー・感想・評価

クライ・マッチョ(2021年製作の映画)
4.1
俳優、映画監督としてかつて誰もたどりつかなかった場所にいる人物、それはクリント・イーストウッドだろう。

歴代の映画監督・俳優を見渡してもこんな長く作り続けた人はいなかった。
道半ば亡くなってしまったり、映画をつくれるだけの体力や創作力がなくなってしまったり、といった中でこの人は映画をやめることなく作り続けてきた。
それも70歳を越えてより高いレベルにたどり着くなんていうありえないことまでやってのけた。

そんなクリントイーストウッドの最新作である。

グラントリノの頃より、より一層しわがれ、動きがスローモーションなクリント演じる元ロデオカーボーイが友人の息子をメキシコから連れ出すロードムービーというだけの話である。

ティザー映像や事前情報では”クリント・イーストウッドが現代に強さの意味を問う!”
とかそんな文句で事前に宣伝されていたので私も思わず「このコロナ渦の混乱した現在にどんな映画を作ったのだろう」と身構えてしまったが、本作はそんな宣伝文句に沿う作品ではない。
そう、そんな地平にはもはやクリントはいないのだ。
身構えたわたしの事前認識がまちがっていたのだ。

特にグラントリノやミリオンダラーベイビーなどを作ってきたとは思えないほどゆったりとした幸福な時間が続く。
追手からの逃避行の途中で足止めをくらって滞在する町でのシークエンスは”幸福”の極みである。
老いたクリントにはやさしくきれいな異国の未亡人とのロマンスがあり、不良少年は生まれて初めて人の温かみと優しさに触れ、初恋の描写もある。
明日に向かって撃ての「雨にぬれても」が流れるあのシーンをも思わせるほどの幸福さである。

「これはラストに大きく物語が動く前の前フリだな」
と思っているとここでも期待は裏切られる。

意外とあっさり国境にたどり着いて少年を友人の元に送るとクリントはメキシコで出会ったあの未亡人の元に帰りそして幸福に暮らす・・・という形であっさり幕を閉じる。

いつもクリントイーストウッド作品を観ると「これは一体どういうことなのだろう」と言わんばかりに突き放された気分になるのだが、この作品は今までとは違う形で観るものを突き放す。

このあっさりとした質感をも魔術に変えたといってもいいだろう。
というか簡単にわかるわけがない。
クリントはだれも到達したことのない地平にいるのだから。
美まさ

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