ヒラツカ

ボーはおそれているのヒラツカのレビュー・感想・評価

ボーはおそれている(2023年製作の映画)
4.6
アリ・アスターの最新作は「ぜんぜん実家に帰れない」という、もはやホラーでもない、ジャンルレスの怪作。自宅、医師家族、森の劇団、実家、という4幕構成で、それぞれに個性的な展開が繰り広げられるが、僕はさいしょのシークエンスが好きでした。ホアキン・フェニックス演じる主人公が、全身タトゥー男になぜだか目をつけられているため、いつも全速力で部屋に帰らなきゃいけないという日常の描写や、最初は丁寧な口調で騒音苦情メモを扉の下から差し込んでくる隣人とか、あ、これはやばいよねというキャラクターたちをこれでもかとオーバーに描いた地獄絵図が、『未来世紀ブラジル』みたいな古き良き近未来SFディストピアのようで、いつまでも見ていたい楽しい世界だった。また、カギをなくしたあとに水を買いに行かなきゃいけなくて、エントランスドアをちょい開けしておいて向かいの商店にダッシュしたが、路上の奇人たちにそれがバレたため、有象無象が堰を破ってぞろぞろとアパートになだれ込んで行っちゃうシーンは、蟻とか蜂の生態を観察したBBCのドキュメンタリーかのようで、なんだか生理的に気持ちよかった。あと、風呂の天井に貼り付いたおっさんのくだりには、珍しく映画館で大きな声を出してけっこう笑った。
2幕、あきらかに胡散臭い困り笑顔のネイサン・レインが演じた医師の家では、いつ暴れ出すか不明な帰還兵がずいぶんいい味を出していて好き。この人、『イングロリアス・バスターズ』でユダヤ人家族をかくまってたお父さんの役をやってた人なんだってね。また、監視カメラ映像を早送りすると映画の後半を先取りできるメタ仕掛けにも、この監督特有の危なっかしい鋭さを感じる。そして、4幕目の実家のシーンは、なかなか他の映画では観ることのないシーンが続出で、久しぶりにほくほくさせられた。それは、腹上死して一気に無機質に変化するパーカー・ポージーとか、あとはなんといっても、屋根裏にいた「アイツ」だ。フロイト以降、男性器のメタファーとしての◯◯、みたいな考え方はよくあるけれど、今回はその直接的な裏返しということで、精神分析を馬鹿にしてるかのような攻めた仕掛けには、もう思わず笑っちゃったわ。
胸糞映画作家の中でも、ラース・フォン・トリアーやミヒャエル・ハネケの作品は、まだ再鑑賞することがあるけれど、『ヘレディタリー』と『ミッドサマー』は、その糞さ加減によりぜんぜん観る気にならない。しかし、今回はアスター監督の作品で初めてもう一回観たいなと思った。でも、とにかく長いからなあ、森を全カットして130分くらいに収まらなかったんだろうか。