おかだ

コーダ あいのうたのおかだのレビュー・感想・評価

コーダ あいのうた(2021年製作の映画)
4.5
お兄ちゃん映画の新たな金字塔


気になってはいたものの、どうも気分が乗らず観に行っていなかった「コーダ」。
多分映画館で観たら泣くやろうな。ちょっとしんどいな。っていうオジサンすぎる理由での敬遠でした。

しかしここにきて尋常ならざる評判の良さと賞レースでの大躍進、そして上映終了も近づいているとのことで、日曜日の午前9時というやたら気合の入った回にて鑑賞。

結果、まんまと泣かされてメソメソと劇場を後にするハメになりました。


あらすじは、ろうあ者の家族の中で唯一健聴者として産まれた少女ルビーが、歌唱の喜びを知り自分の人生を歩み始めるまでの物語。非常にシンプル。
ちなみに未見ですが、「エール」というフランス映画のリメイクということで、そちらもまた観てみたい。


さて、物語はノーマルではあるものの、その語り方が非常に優れていた今作。

物語の軸となる過酷なルビーの二重生活だが、愛に溢れた家族の絆からくる献身性と、ゆえに自らの夢を抑制せざるをえないという葛藤がとても上手く描かれていた。

合唱授業での楽しそうな一幕や開放的な湖での歌唱シーンなど、音楽と触れ合うことの楽しさが良く伝わるし、そういった前提があればこそ、ベルナルド先生に歌うことへの葛藤を手話で伝える場面も迫真。

ベルナルド先生という存在の大きさも絶妙。
若い子たちにはどんな才能があるかは分からないので、周りの大人がそれを見つけて伸ばしてあげる必要がある。
それは往々にして、経済や家庭などの阻害要因に晒されるものでもあるが、そんな時に周囲の大人達がどこまで介入することができるのか。
そんな非常に難しいバランス感覚を、ベルナルド先生は持ち続けていた。

一方で彼女の家族、ろうあ者である兄や両親の苦悩の描き方のバランスもとても上手い。
ともすると彼らは、上で述べたところのルビーの才能を阻害する要因ともとれてしまう訳だが、それでも彼女を頼らざるをえない状況もよく描かれている。
それは、他の主婦達と作業する際に疎外感を感じる母や、あるいは兄がバーで遭うような出来事にも顕著だった。

それらを踏まえた上で迎えるラストはやはり感慨深い。
特に、兄の後押しやマイルズの役者なんかも手伝って、僕の大好きな「シングストリート」のあの場面なんかも重なったりして、シクシク泣いてしまった。


そしてこれらのドラマの異様な伝達力は、今作における映画的演出の妙に起因する。

それはもちろん、コンサートシーンでの無音演出による断絶と、代わりにフルであの曲を聴かせるシーンをあそこに持ってくるしかるべき演出の手堅さ。あるいは終盤のオーディションシーンにおける家族の入場とそれを見とめてのあの歌唱法であったり、劇的な演出等を指す。

しかしあくまでもそれらのクライマックスを際立たせたのは、繰り返されてきた日々の描写の積み重ね。

ルビーが大人として家族の仕事を手伝うロケーションとしての海と、歌唱や同級生との飛び込みなど無邪気な子供としての振る舞いをみせる湖との対比の数々。
あるいは、母に音楽を始めたことを伝えたやりとりの後、部屋に残された母が狭い世界から出られない閉塞感をとらえたバックショットだったり。

各キャラクターの置かれた状況や関係性が、随所で極めて自然に可視化されていたように思う。

もちろん劇中の歌もどれも素晴らしいし。


というわけで、とても間口が広くて娯楽映画として極めて純度の高い傑作だったと思います。

「シングストリート」なんかでお兄ちゃんの愛に泣かされた人たちには特に、おススメです。
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