Tanuki

ある男のTanukiのレビュー・感想・評価

ある男(2022年製作の映画)
4.3
目の前の人間の性質を何で判断する?名前?生い立ち?属性?肩書き?…そんなの全部関係なく、相手の内面や一緒に過ごした時間で判断できれば、素晴らしい。しかし突きつけられる現実。表面的な「絆」。男たちは名前を交換する…ハードなミステリーだけど不思議と救われる作品だった。

これは間違いなく男性映画。世の中には様々なマイノリティ性や「生きづらさ」が溢れており、しかしそれと「男性であること」が結びついた時の、逃げ場のなさ、孤独感、プレッシャーみたいなものはきっと存在するのだと思う。この映画は、1人の「名前のない男」の謎を追うところから始まり彼が名前を捨てた経緯に迫るうち、それぞれ違う理由で「今の自分の人生を捨てたい」という感覚を持つ3人の男たちが繋がり、救われ、名誉を回復していくかのような物語だった。自分ではない名前を名乗ることと、マグリットの「《複製禁止》」という絵の印象が最初と最後で正反対に変わる。

役者が全員素晴らしく、妻夫木聡なしではここまでの奥行きは生まれなかったかもしれないと思うくらい。彼が演じる役が在日コリアン3世であること、物語の冒頭からずっと変わらず心の底に沈澱している絶望、怒り、孤独。心の底から男に、そしてもう1人の男に共感することの説得力。

窪田正孝と安藤サクラの演技もすごかった。上映時間としては多分ほんの10分20分。映画の中ではたった数年。でもその時間がかけがえのないものだったということが、胸に訴えかけてくる。短い時間を、繊細に生き生きと演じてた。停電した店内、スケッチブック、テーブルの上で繋いだ手…。

ラストの展開が蛇足って言う人もいるっぽいけど私は好き。孤独でいることを諦めて受け入れてしまっていた人が、そこから抜け出した姿。清々しいし、先に同じ道を歩んだ男たちへの共感と連帯を感じられる。あの時、一度も会ったことのない3人の男たちの相互ケアが完全に成立するというか。

見てる間ずっと面白くて、石川慶監督すごいなって思った。人間の情感みたいなものを描くのが本当にうまいし、妻夫木聡との相性もぴったりだ。次回作が待ちきれなくなる新作だった。

このシーンとか、やりとりがすごいリアルで良かった。第一印象で失礼なやつだって思ってただろうから、安藤サクラが「は?」って感じでどんどんヒートアップするんだけど、眞島秀和さんも全然負けてなくて、一触即発感あって良かった。

差別的な柄本明に散々侮辱されて、穏やかな態度を保とうと抑制してたのに徐々に箍が外れて激昂する妻夫木聡の演技も凄かった。
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