smalltalk

ある男のsmalltalkのレビュー・感想・評価

ある男(2022年製作の映画)
3.6
サスペンス。

一緒に暮らしていたのは、自分が知っていた人と思っていた人とは別人だった。

出演している役者が、主要な3人以外の脇役もしっかりしていて見応えがあった。

最後の終わり方も好ましかった。

以下ネタバレを含む。



初め、里江と大祐が出会いから一緒になるまで丁寧に描かれている。

この過程が、納得出来る様にストーリーに入っていたことが大事で、後々に効いてくる。

最初から好きになりました、幸せでしたとは納得感が違う。

こういうところが好印象。

里江を演じる安藤サクラの妙に艶っぽいのが、凄く良い。

また大佑の窪田正孝も、暗くオドオドしていたのが、幸せになって明るくなっていく過程も良かった。

窪田に関しては、この過程もストーリーの後半に効いてくる。

そして一転して大佑が不幸な事故で亡くなってから、ストーリーが動いていく。

大佑の1周忌に大佑のお兄さんが遺影を見て、初めて大佑が名乗っていた経歴とは違い別人だと分かる。

(大佑のお兄さん役の眞島秀加が、終始、嫌な感じで良かった。決めつけ感や、空気を読まない発言など、こういう人とは一緒に居たく無いと思った。)

では、本当の大佑として一緒に暮らしていたのは誰だったのだろうか?

里江が頼ったのは、離婚調停の時お世話になった弁護士の城戸だった。

自分は、この城戸を演じた妻夫木聡が出た初めてのシーンで「イヤイヤ、こんなイケメンの弁護士いないって」と思った。

しかしこの感想すらもこの映画の大事な箇所だった。
キャスティングも良い。

城戸は若くイケメンで、弁護士で、仕事も順調、人権派として人から感謝もされている。

優しく美人の奥さんもいて、可愛い息子にも恵まれている。

一見誰もが羨む人生を送っている。

しかし在日3世として日本に帰化していても、そのルーツに悩まされている。

城戸が人と会話していて、怒りを隠す為に
下を向いて笑うシーンがある。

笑うけれど、物凄く怒りを押し殺していることが観ていると分かる。

怒りを爆速させる時よりも怒っていることが分かる。

その時の妻夫木が秀逸。

外から見えていた幸せそうな人生とは全く違うことが透けて見える。

城戸が大佑と名乗っていた人物を探っていくのだが、その人物像が明らかになっていく。

その人物は、自分の父親が殺人を犯した現場を目撃した記憶を持っている。

死刑囚の息子として生きてきて、差別も受けてきた過去がそれとなく、描かれる。

ボクサーを習い成功しそうになっても、「やっぱ親父の血を継いてんだな。」とか陰口を言われる。

またその親父と似てきた自分。

鏡を見れば嫌でもそのことを思い出して、発作を起こしてしまう。

もしかしたら、自分も父親みたいになってしまうかもしれない恐怖。

自分は幸せになってはいけないと思い込んでいる。

その重いシーンと前半の幸せそうなシーンの対比。

ただ城戸は深くその人物に共感していく。
全ての過去を捨てて人生をやり直したいと思う人に。

城戸のような幸福そうであっても、そう思っていることが分かるこのシニカルな展開。

人がどう思おうと、自分がそう思ってしまうと抜け出す事の出来ないその想い。

「死ぬくらいなら、仕事なんか辞めれば良いのに。」
「帰化したのなら、在日とは違うから」
「父は父、子供は子供だろ。」

その人の人生を生きてみないと本当のところは誰にも分からないのに。

外野は気楽に正論を話して解決出来る気になっている。

しかし、大佑が本当はどういう経歴の人物か分かっても、実際に一緒に過ごした日々が「それははっきりとした事実ですから」という里江の強さに救われた想いがした。

また、大事な人を亡くした時の悠人を演じた坂元愛登のセリフ
「僕さぁ。父さんが死んで悲しいっていうのはさ、もう無いんだよね。
けどなんか…寂しいね。
父さんに聞いてもらいたいこと、いっぱいあるのは。」
は心に沁みた。

ただしこの映画は気持ち良くは終わらない。

城戸の奥さんがどうやら浮気をしていることがわかって、最後の城戸のバーでのシーン。

城戸がたまたま隣に座った初めての客との会話で、
子供について聞かれた時「4歳と...13歳です。」と答えてから不穏な空気になってくる。

幸せな家族の話しだが、真実を知っているから余計にこちらは不安になる。

その後、澱みなく大佑だった人物の経歴を語り、「この人生は手放したく無いですね。」
と城戸は言う。

その客から、名刺交換をされる前に城戸が観る不思議な絵。

この絵は冒頭のシーンでも映されたルネ・マグリットの作品「複製禁止」だ。

鏡越しに背を向ける人物が、鏡に正面を向いている。
本来は鏡に顔が映っているはずなのに、鏡には背中が映っている。

城戸がこの絵を観る時、同じ様に背中越しに映される。

3つの背中が画面に映っている。

自分が何者か分かろうとするのだけど、強烈に拒絶される孤独感が感じられる。

そして相手から名刺を渡されて城戸が
「僕は...」
と話し出して暗転する。

そしてクサビを打つ音が入って終わる。

はたして城戸は自分のことを何と名乗ったのだろうか?

その余韻で終わる。

クサビは長いこと育ってきた木を切り倒す時に使う。

自分は、城戸が今まで生きてきた人生に見切りをつけた瞬間の様に思えてならなかった。

人生を別人になってやり直したい。
ふとしたきっかけでそう思う。
また実際そうしようとする人の心情が少しわかる様な気がした。

なお柄本明の服役中の詐欺師が凄かった。

戸籍交換しなければいけない人生を理解し、人の心の奥の闇が分かり、現実自分も戸籍交換して本当は何者か分からない不気味な人物を怪演していた。
smalltalk

smalltalk