Asino

幻滅のAsinoのレビュー・感想・評価

幻滅(2021年製作の映画)
4.2
19世紀前半の混沌のパリの描写が素晴らしく、古典が、撮影も美術も王道(そして一流)なのに同時にちゃんと現代に通じるメッセージ性をもって描き出されている!感じでとてもとてもよかった。
オールスターキャストがよくある「出てるだけ」とかになってなくて、それぞれ素晴らしくてそれも感心した。

バルザックの同名小説の映画化。(私は未読ですが)
セザール賞7冠のニュースを見たときも、正直なぜ今?って思ったんですが、いい意味で裏切られた。

自由派と王党派、新聞というメディアが規制緩和と技術革新で最先端のメディアだった、という時代性が、当時のバルザックがまさに新聞連載小説として書いたリアリティがものすごく効いてた。
演劇と批評、ペンの力と、それだけにいかに腐りやすいかをものすごくわかりやすく描くジャーナリズム批判、そして圧倒的な「身分制」の壁。

リュシアンは最初から最後までずっと自分の「名前」にこだわり続けて、劇中でもしつこいくらい繰り返されるのだけど(母方は貴族の名前で、そちらを名乗り続ける)、自分をどう位置づけるかということの重要性の話でもあり、「野心」がいかに危険なものであるか、という話でもある。名前が象徴する「身分制」というものは本来目に見えないもののはずだけど、「身なり」に対する浪費、そしてストーリーの中に描き出されていた貴族たちのまなざしと冷徹な行動で明確に見せられる。

そしてもう一つとても魅力的だったのが猥雑なパリの魅力。そして罠。
女性たちは恋の相手であり、主人公に尽くし命を落とす典型的造形で、物語としては王道だけれど、全体的には原作のエッセンスをかなりうまく整理してあるのだと思う。(主にパリの部分だけ映像化した感じ?)

主人公とふたりの男、そして主人公が愛するふたりの女性。複雑な矢印が絡まってるように見えて、映画の大枠は実はグザヴィエ・ドラン演じるナトンがリュシアンについて書いた小説、という形を取っていて、最初からずっとグザヴィエの声でナレーションが入っているんだよね。

リュシアンは最終的に「パリ」(が象徴する文壇とジャーナリズムと恋と自分の野心と、とにかくすべて)に「幻滅」して故郷に帰るわけだけど、それは幻滅というか敗北というか自滅にも見える。
ラストカットが象徴してるものと彼の未来は、原作を読んでない人にはいかようにでも取れるようになっているのだけれど、この映画がナタン視点の物語だとすると、彼はもう二度とリュシアンに会わなかったのかもしれないし、生まれ変わってほしいというナタンの希望だったようにも見える。

というか後半に入るころにはもう、これはナタンのリュシアンへの片思いの話なのかもと思って見ていたので(そうでもないとナタンいい人すぎるでしょ)、最後はもうグザヴィエ・ドランの映画だったような気持で帰ってきた。
俳優グザヴィエ・ドランの仕事としてもとてもよかったです。
Asino

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