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僕が愛したすべての君への雑記猫のレビュー・感想・評価

僕が愛したすべての君へ(2022年製作の映画)
3.4
 高崎暦と瀧川和音の2人のカップルの出会いから晩年までを、並行世界といったSF的な世界観を交えながら描くアニメ作品。同時上映の『君を愛したひとりの僕へ』とは並行世界の関係性になり、相互に補完しあう内容となっている。今回は『君愛』→『僕愛』の順で鑑賞した視点で感想を述べる。


 事故によって精神体になってしまったヒロインを救うという明確な縦軸があった『君愛』に対して、本作『僕愛』はこの『君愛』の裏でもう一つの並行世界では何があったのかを補完する作品となっており、明確な縦軸のドラマは設定されていない。ただ、その分、本作は『君愛』よりも主人公である高崎暦と瀧川和音の人生をじっくりと少年少女時代から晩年まで描写することが出来ており、映画的な味わいは本作の方が深い。特に本作のヒロインである瀧川和音の人間臭い魅力的な性格描写は本作の一番の見所だ。癖のある我の強かった少女が、子を思う母親となり、酸いも甘いも噛み分けた老人になっていく、この変遷が丹念に描かれており、これらの描写が人生讃歌とも言うべき本作独自の雰囲気を作り出している。また、この和音を演じる橋本愛が、少女期と成人期の声を非常に繊細に演じ分けており、この演技がさらに本作に深みを与えている。


 『君愛』が、パラレルワールドとタイムリープを組み合わせて、いかにヒロインを救うかというSF的な大ネタに力を入れていたのに対し、本作『僕愛』は並行世界間の境界が希薄なために各人の自己同一性が曖昧となっているという本作独自の設定を下敷きにした思考実験のような作品となっている。そのため、ドラマ的には『君愛』と比較して、本作はかなり地味なものとなっているのだが、このような特異な世界観において、どのように人を愛せばよいのかという問いに対して、主人公が到達する答えが、かなり膝を打つものとなっているため、SF的な感動は実は本作の方が大きい。


 全体的に『君愛』よりも本作『僕愛』の方が映画的な面白さは勝っているように思われる。ただ、二作全体での大きな物語の主導権を握っているのは確実に『君愛』の方で、『僕愛』単体だと終盤で『君愛』要素が突然放り込まれるような構成となっているため、『君愛』の面白さは『僕愛』ありきのものと言える。そういった意味で、個人的には鑑賞順序は『君愛』→僕愛』を強く勧めたいところだ。


 最後に余談だが、本作では明示されないものの、暦と和音が進学する大学は確実に九州大学理学部だと思われる。短いシーンながら、理学部のある伊都キャンパスの坂の多い地形や、理学部棟の建物内部のレイアウトが、かなり本物に近く再現されていたので、卒業生としてはかなり感動モノであった。
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