雑記猫

キラーズ・オブ・ザ・フラワームーンの雑記猫のレビュー・感想・評価

3.5
 本作は多くの登場人物によって織りなされるクライムサスペンスであるが、その内容を解きほぐしていくと、そこで描かれているのは、アーネストとモリーという一組の夫婦の非合理で割り切れない人間臭い感情の機微という非常にミニマムな物語である。主人公のアーネストは第一次世界大戦から復員してきた後、彼のおじであるキングが牛耳るオセージに身を寄せることとなる。彼はキングの指示のもと、オセージ族の娘である妻のモリーの家族を次々と手にかけていくことで、オセージ族が持つ莫大なオイルマネーを手に入れようとする。このアーネストという人物の面白いところは、折につけその考えや行動がブレるところ、そして、要所要所で非常に愚かであるところにある。彼は前述の通り、金のためにモリーの姉妹や彼の障害となる人達を殺していくのだが、この殺人に対してはキングが裏で手を引いているとはいえ、彼自身もかなり主体的に参加している。彼は金のためであれば、平気で他人を踏みにじることができる人間なのである。しかし、一方でモリーの妹のリタの一家を家ごと爆破して殺害した際にはその爆破現場の惨状に恐れ慄き、妻のモリーに毒を盛る際には罪悪感に耐えきれず、自身もその毒を飲んでしまう。このように、アーネストはその悪を徹底することもできない実に中途半端な男なのであるが、本作はこのズルくて弱く人間臭い相反する心情を実に豊かに描いている。このアーネストの人間臭さが最高潮に達するのが、彼が裁判で真実を告白した後にモリーと面会するクライマックスシーン。アーネストはモリーの糖尿病の薬に微量の毒薬を混ぜて、彼女を死に至らしめようと画策するのだが、これに失敗し、そのことを最終的にはモリーにも知られてしまう。その結果、面会の場でアーネストはモリーに自分に毒を盛っていたのかと尋ねられてしまうこととなる。アーネストはモリーを金蔓として見ている一方で、妻として愛してしまってもおり、最終的に裁判で真実を告白することを決心するのも彼女と彼女との子供への愛情ゆえなのだが、アーネストは妻からの最後の質問についしらばっくれてしまう。これが決定打となり、アーネストはモリーから完全に見放されることとなるのだが、この家族愛によって正義に目覚めるも、結局は肝心なところで保身に走ってしまう『蜘蛛の糸』のごとき展開が、アーネストの弱くズルく人間臭い部分を実に端的に表しており、本作の象徴的なシーンとなっている。

 相反する感情で揺れるのは、アーネストの妻のモリーも同様で、彼女は自分の夫が自分の家族の莫大な財産を狙っていること、自身の家族を手にかけていること、そして、自分自身をも殺そうとしていることを、物語の進展にしたがって徐々に感づいていく。しかし、彼女もまたアーネストを愛してしまったがゆえに、彼の悪行に胸を痛めながらも、彼を受け入れ許そうとしてしまうのである。前述のクライマックスの面会シーンはアーネストというキャラクターにとっての最高潮のシーンであるとともに、モリーというキャラクターにとっても最高潮のシーンである。モリーの視点から見ると、アーネストは、自身の財産を奪うために自分の家族を次々と殺し、自分自身も殺そうとした家族の仇である。それでもなお、アーネストがキングに反旗を翻し、自身の罪をすべて告白した姿を見たことで、モリーは彼の罪を許し、もう一度家族としてやり直すチャンスを与えるために、面会の場に向かうのである。しかし、アーネストは最後の最後で自身の罪を隠し、保身に走ってしまう。その瞬間の愛が冷めたモリーの表情が実に絶妙だ。その刹那に絶妙なバランスで揺れ動いていた愛と憎しみの天秤が憎しみの側に大きく傾いてしまったのである。

 本作は多くの登場人物が登場するものの、基本的にはアーネストとモリーの二人の物語なのだが、この二人を演じるレオナルド・ディカプリオとリリー・グラッドストーンの演技が素晴らしい。レオナルド・ディカプリオのいかにも育ちが悪そうな喋り方、真意を隠して喋る際の奥歯に物が挟まったような苦悶の表情、一つ一つの演技がアーネストという男にしっかりとした説得力を与えている。一方、アーネストと出会った頃の底しれぬ妖艶な雰囲気と、母となりアーネストに翻弄される不安げな雰囲気を、自然なグラデーションをかけて遷移させるリリー・グラッドストーンの演技も非常に巧みだ。また、糖尿病の悪化とアーネストの毒薬によって徐々に衰弱していく演技も真に迫るものがあり、実に素晴らしい。

 本作は3時間半というかなりの長尺の作品であり、かつ、登場人物の行動と心情を丁寧にゆっくりと積み重ねていく作品であるため、上映時間の折り返しあたりまでは、正直それほど面白い作品であるとは言い難い。ただ、その丹念な展開の積み重ねによって、人間の微妙な心情の揺れ動きの味が徐々に染み出してくることで、最終的には非常に深みのある感情を誘起する作品となっている。この人間臭さの出汁を出すためには、この長尺もやむなしといったところであろう。
雑記猫

雑記猫