Adammishkatiara

アメリカン・アンダードッグのAdammishkatiaraのネタバレレビュー・内容・結末

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このレビューはネタバレを含みます

本作は、ジョセフ・キャンベルの「Hero's Journey/英雄の旅」をストーリーに反映させた典型的映画であり、かつ
アメリカ映画の独壇場と言っていい「成り上がり成功譚」カテゴリーの映画です。

しかし、きっちりとひねりも効かせてあり、主人公カート・ワーナーの「英雄としての冒険」は、1つにとどまっていません。

アメリカンフットボールの「色物リーグ」アリーナリーグからアメフトの頂点NFLの選手として上り詰め大成功する「英雄の旅」と、

のちに妻となるブレンダと出会い、恋人、夫婦として二人三脚で成功を掴む「人間としての成長物語」という2つの冒険を同時に経験するストーリー展開が秀逸です。

しかし、還暦を過ぎ、長年、連れ添った妻がいる身で、この映画を観ると…

実は、NFL選手になる成功物語よりは、夫婦としての紆余曲折の方が、遥かに大きな比重を占めるのではないかと…

本作は、NFLの選手としての成功に主軸を置いた物語のため、夫婦の物語という視点からすると、物足りなさを禁じ得ません。

しかし、この物語の真の主人公は、家族なのです。

両目を幼少期に失明したブレンダの連れ子長男の存在は、物語を複雑かつドラマチックに盛り上げる存在であり、

ワーナーの母親とブレンダの嫁姑問題など、波乱を巻き起こす要素が満載ですが、

どれも、セリフのみで片付けられてしまい、(長男の存在は、それなりに取り上げられましたが…)深入りしないところは、

アリーナリーグからNFLで活躍するという、観客がより興味を惹かれる成功譚を大きくする為に、

泣く泣く尻切れとんぼにしなければならなかった脚本家の苦悩が読み取れて、脚本を書く身としては、同情せずにはいられません。


ことの真偽は定かではありませんが、ある方の話によると、高額な報酬を得ているNFL選手の8割は、引退後に破産していると言われます。

もし、それが本当だとすると、ワーナーの選手生命も短く、引退後の人生の方が遥かに長く、波瀾万丈ではないかと思います。

しかも、ブレンダの長男は、後天的病気で失明しており、手術によっては視力を回復できるかもしれないことが、セリフで語られています。

もし、手術を行うとしたら、その費用は、国民健康保険のないアメリカでは高額にならざるを得ません。
当然、ブレンダは、NFL選手のワーナーに手術代の工面を頼んだのではないか…

この夫婦、実人生ではあと3人の子供、計5人の子供に恵まれます。
ワーナー、ブレンダ2人は、どれほどしあわせで、かつ大変な人生を選んだのか…

非常に興味深いのは、ブレンダの外見です。
ブレンダ役のアンナ・パキンは、個人としては普段ロングヘアですが、

ブレンダ役では刈り上げたようなかなり短めの髪の毛…しかもブロンド…
本物のブレンダに似せたことは、自明の理ですが…

正直、垢抜けません。衣装も、えっ!この時代でこのジャンプスーツ?的なものを着てスタジアムに応援に来ています。

ワーナーとの出会いは、カントリーが流れる酒場のカントリーダンス(ディスコやクラブではありません。)の最中…

カントリーダンスは、ディスコ世代の私の目から見ても、垢抜けません…
古臭いどころではなく、垢抜けないのです…

そのダンスをすることが、離婚し子育てに追われるブレンダの子供を寝かしつけた後の唯一の楽しみだったようです…

垢抜けない趣味の上に、ブレンダはトレイラートラッシュ(アメリカによく居るトレイラーを住まいとしている低所得者の女性…

映画「8マイル」に登場するエミネムの母親がまさにトレイラートラッシュ…

息子に今の彼氏がクンニしてくれないと悩みを打ち明け、息子に呆れ返られる、悪い意味で母親でいるより女でいることを選んでいる安っぽい女性…)に見えてしまう女性なのです。

地元の高校を卒業して海兵隊に入り、前の主人と出会って結婚…
2人の子をもうけて離婚…

ワーナー、ブレンダの2人が出会った時には、かたやプロアメフト選手志望の大学生、かたや、離婚歴のある2人の子連れ女…
ブレンダは両親のもとに身を寄せ子育てをしていた…

この2人では貧乏にならないはずはありませんし、苦労しないはずはありません。

せっかくグリーベイパッカーズにスカウトされても、ワーナーは2日でクビを言い渡され…彼は、まだプロとしてやっていく準備ができていない…

ブレンダは2人の連れ子がいて、長男は全盲…看護学校に通い、子育てに追われる日々…

ビション心理学の創始者、チャック・スペザーノは「人生成功の秘訣は、パートナーシップ」と断言しています。

この言葉には、3つの意味があると私は解釈しています。
1つは、良好なパートナーシップを構築することは難しく、それができれば、社会的成功を収めることは難しくない…

2つ目は、パートナーシップが良好であれば、仕事の上でもパートナーのサポートが受けられる為に、より成功しやすくなる…

3つ目は、パートナーとの確執は、人間を最も疲弊させる原因となる…それがなければ、仕事に集中でき、成功を手に入れやすい…

ブレンダ、ワーナーのカップルが、彼らが望む成功を手にするには1人ではどうにもなりません。

ブレンダには経済的にも、子育てにも、パートナーが必要であり、ワーナーには精神的に彼を支えてくれる家族が必要ですが、この2人がパートナーになることは、2人を取り巻く状況から鑑みて、最良の選択とはどうしても見えないのです。

しかも、この2人が夫婦として結びついたのは、2人が17段階の意識レベル(デビット・ホーキンズ博士の提唱する人間の意識レベル、17番目の恥、屈辱から最上位の悟りまで17段階あるとされています。)の下から13番目の(未来に対する)恐怖や14番目の悲しみのレベルの時です。

11段階の「怒り」の意識レベル以下に人間がいる時に、恋人や夫婦の関係を構築してしまうと、その関係には「諦め」が入り込み、お互いを更に傷つけ合ってしまうと言われています。

映画では明確に描かれていませんが、ワーナー、ブレンダの関係には、当然、諦めがあったはずです。
恋人時代から新婚当初の2人には、甘さなどかけらもなく、日々の生活に追われ、2人の間に確執も生まれていたはずです。

これでは、男女の関係はうまくいくはずがありません。
自分から、大きな荷物を背負い込んだようなものです。
夫婦の関係を良好にするだけでもしんどいのに、NFLに上り詰める…
まさに至難の業です。

このワーナーさんと言う方は、並外れた胆力と楽天的思考ができる方のようです。

ワーナーさんの楽天的性格を、主人公役のザッカリー・リーヴァイは、巧みに演じています。

誰からも好かれる容姿、屈託のない笑顔、そしてユーモアのセンス…

どれをとっても申し分のない役作りです。

にしても…この映画は、私の過去の傷を沢山疼かせてくれました…

私は、20代後半から40代後半の20年間、アメリカ人映画監督で舞台演出家と日本で会社を経営し、映像、舞台などを制作してきた経験があります。

副社長として、1ヶ月ごとに日本とアメリカを行き来するアメリカ人社長の代わりに、会社を切り盛りしていましたが、

ある時、社長の使途不明金が見つかり、自腹で弁護士を雇い、使途不明金の明細開示とアメリカに持ち帰った会社機材のプロ用デジタルカムコーダー、三脚などの返却を求めたところ…

即日、臨時取締役会議で解任が可決、退職金代わりの養老保険等、全て取り上げられ、丸裸で会社を追い出されました。

仕方ありません。彼女は会社の株式9割を所有する会社オーナーだったのですから…

そのどん底時代に同社の取締役をしていた妻と結婚しましたが、月150時間を超えるサービス残業の長時間労働、パワハラ、モラハラなどで2人とも燃え尽きており、
2人の意識レベルは15段階の「無気力」…
まさにどん底でした…

どん底から始まった結婚生活は、うまくいかないことを全て相手のせいにして、悲惨な争いの日々を10年以上続けました。
11ヶ月の別居も経験しました。

当時住んでいた自宅の最寄り警察署から数十人の警官に自宅を取り囲まれたこともあります。
夫婦喧嘩で大騒ぎしたせいです。

妻へのDVを疑われ、警察官に抵抗した為、袋叩きに遭い、パトカーの後部座席に拘束具をつけられ放り込まれた経験もあります。

しかし、妻と別れると言う選択は、どうしてもできませんでした。

映画の1シーン…雪の中、ガス欠で立ち往生した車。
車の中にはブレンダと2人の子供、全盲の兄は高熱を発していましたが、ワーナーは自宅の電気料金を支払えないために暖房をつけることもできず、仕方なくワーナーの母親の家まで行く途中に、吹雪の中、立ち往生してしまうのです。

数キロ先のガソリンスタンドまでガソリンを買いに走るワーナーの姿は、まさに会社を追い出された自分の姿でした。

ガソリンを買いに走るしんどさより、あるかわからない目的地に向かって手探りで走る当時の恐怖心や焦燥感が蘇って、あの頃を思い出し、胸が締め付けられました。

しかし…

作品中、ワーナーの母親から「あんたは、あの人(ブレンダ)といると、幸せになれる。あの人はあんたを成長させてくれる!」
と言う言葉がありますが、今、思えば、これが夫婦の全てです。

妻と10年以上続けた争いにも諦めることなく良好な関係を築く努力を、2人で行い乗り越えてきたことで人間として自信を持つことが出来ました。その結果、男と女のことに関して、日本一巧みに演出できる演出家になれたのです。
(今も妻からは喧嘩のたびに、あんたなんか女のこと、何一つ分かってないとこき下ろされますが…
あくまで自己評価です…)

ジョセフ・キャンベルは、アメリカの比較神話学の権威。世界中の神話を調べて、英雄が登場する神話には、物語の共通パターンがあることを発見、それを体系化したのが「hero's Journey/英雄の旅」です。

現在、世界中で流通しているゲーム、アニメ、映画の物語の基本パターンは、このHero's Journeyが元ネタになっています。

ジョージ・ルーカスが、若い頃、ジョセフ・キャンベルの授業に出て、Hero's Journeyにいたく感動して作ったのが「スターウォーズ」
だそうです。

神話とは、実は人間の成長のプロセスを、普遍性を持たせるため、神という存在に置き換えて作った人類最古の物語。

宗教学者の中沢新一さんは「神話には最も遠いもの同士を結びつける作用がある。」とおっしゃってます。
例えば、灰かぶり姫と王子(灰かぶり姫とはシンデレラのこと。
シンデレラはおとぎ話ではなく、神話に起源を持つ古い古い物語だと言われています。)…

この視点からすると、Hero's Journeyが、物語の雛形として現代社会でもてはやされている理由は、

どんなに時代が変わり、社会が変わっても、人間は誰しも、人生という「壮大な冒険」を旅しており、その旅には絶対にパートナーが必要で、その関係をどうより良いものにできるかが成功の鍵である…

と言えるかもしれません。

この映画は、そんな男と女の真理を教えてくれている…
そんなことを感じさせてくれる映画でした…
Adammishkatiara

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