カサヴェテスの遺作でクレジットのあとにあらわれる「not the end」
彼の映画を引き合いに出す(卒論テーマもカサヴェテスの時間と空間)濱口にひきつがれるもの。
10分のあいだに、夫との関係が大きく変わる「ten minutes after」
アウグストゥヌスを使った
「現在に入ると可能性が縮小する」といったもの(「啓示された者」)
ゴダールの最後の瞬>>続きを読む
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『紅』ずるすぎるし、ラストでひそかに聡実って彫られてるの面白すぎる。つまるところ、カラオケ大会では負け、嫌いなものとして(ふたりのあいだでは好きなものを言っておけばいいと話していた)「聡実」をあげてい>>続きを読む
彼の作風は変わらないけれど、少し詰め込みすぎた印象。原作をまだ読めていないため、どのように映画として構成したのかは今後考えたいテーマである。
過去や現在、未来を空想や夢のなかで行き来した時間こそが彼に>>続きを読む
さみしさ、とひとことで表してしまってはこぼれていくかけらのようなものがあふれんばかりに描かれていた、とふと思った。きっと「さみしい」という言葉では至れない何かがそこにある。
新作『青春』のもとにあるような映画。衣料品縫製工場での日々。労働。賃金未払いに対する異議申し立てと交渉。同じような業種でほかの工場へ渡り歩くひとも。
個人的には、あの離婚危機にあったあの夫婦がどうな>>続きを読む
1年ほど前にみた『書かれた顔』を思い出す。『季節のはざまで』然り、シュミット映画の彷徨がたまらなく好きです。
決定的ななにかを飛ばして(省略して)描かれる物語。誕生日ケーキの蝋燭を消すと、忽然と母は消える。ひとつききたい、というホテルの女性には、ありがとうと言って去る。いつのまにか変わりゆく時間。空間が持つ記>>続きを読む
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自分が「正しい」と思う男たちとそのあやまりについての映画。収束に向けて殺める州兵らだけしか残らない。敵と思われたら(敵でなくとも)殺される空間。