ダイアン

あんのダイアンのレビュー・感想・評価

あん(2015年製作の映画)
4.0
河瀬監督は光をいつも大切にしているように思う。何気ない風景や草木のカットに、何かが映り込んでいるようにいつも感じてしまう。
カミサマというと少し大袈裟かもしれないけど、ご先祖様なのか、彼岸からこちらを見ているのか、自然の息遣いのような、ここにあってここにないものをすっと織り込む。だから不思議な感覚に包まれる。

監督の故郷であり今も住まう奈良は、時間を感じやすい風土がある。何千年も前の時の流れを歴史から、1年の時の流れを四季から、そしてひとときという刹那的な時の流れを風や空や日差しから、何かを考える前にすっと体の感覚に寄り添ってくれる。
静かな時間。時の流れに呼吸が合わさる暮らし。こうした時間感覚は元々人間が長い生活の積み重ねの中で培ってきたものだとして、奈良や河瀬作品が特別なのか、あるいは都市型の忙しい暮らしに慣れてしまった我々から廃れてしまったからなのか。

「あん」を観て真っ先に思い浮かぶのは石牟礼道子の『苦海浄土』だ。水俣病が突きつけるあまりに凄惨な現実と、そこに紡がれていく自然と折り重なる生活の瑞々しさが重なりあって、本当に衝撃を受けたのを今でもよく覚えている。
石牟礼道子には「いのちのつながり」や「循環する社会」がもっと広く深いものに見えていたのだと思う。単なる無垢な自然の中で完結せず、人の営みや業もそのサイクルの中に位置する。近所から聞こえてくる世間話も、患者のコントロールが利かない体から発する音も、世界の一部だ。

河瀬監督、そして原作者のドリアン助川はらい病を大胆に織り込む。前半ではその存在をまるで感じさせない笑いと愛しい時間の積み重ねに入り込んでいられるのに、中盤から物語は一気に緊張感を増す。忘れられた人たち、見えない場所に追いやられた人たちが、当たり前に私たちの周りにはいる。

主人公はいずれも家族を失っている、あるいは愛情に包まれた家庭環境とは無縁の人たちだ。社会の最小単位である家族から切り離された人たちが、有機的な、ある意味で自然と引き寄せあい、家族以上のつながりを持つ。三世代に渡る人たちが懸命に生きる。これはもうひとつの家族の物語なのだと思う。
ダイアン

ダイアン