ダイアン

タクシー運転⼿ 〜約束は海を越えて〜のダイアンのレビュー・感想・評価

4.0
隣の国の出来事や歴史を僕はあまりにも知らない。海を隔てるだけでこんなにもわからなくなるものなのか。それともオトナは小さな僕らに教えようとしなかったのか、あるいは無意識に自ら知ることを遠ざけているのか。ヘイトスピーチとK-POPと韓国料理だけではどうしてもはっきりとしない。
だから意識的に韓国映画は観るようにしている。その多くが近代に紡がれた恨の感情や、市井の人たちに流れたあまりに多くの痛みを正面から描いているからだ。

日本は70年安保もとうに忘れ、バブルに向かって邁進するその頃。サッチャリズムら新自由主義が勃興すると経済市場が真実かのように振る舞われ、サブカルチャーが花開き、ついに根っから戦後ではない時代に突入していった。一方でお祭りは続かないこと、ミシミシと地盤に生じた歪みからこのあと30年以上にわたって日本は路頭に迷うのだが、多くの人々は知る由もなかった。

同じ頃、隣の国ではひとつの都市が封鎖され、通信手段を奪われ、言論は弾圧され、自国軍から一般市民が公に銃殺されていた。人権は失われ、赤狩りの名のもとに暴力は拡大し、中東やアフリカのニュースでしか見ないような軍部の思考停止した強行姿勢が小さな海を隔てた半島で実際に起きていた(2020年、残念ながら現在のアメリカではBLMの声を弾圧しようと州兵が動員されている)。
ソウルでタクシードライバーをする男はその現実を何も知らず、そして市民が声を上げる理由にもほとんど自覚的ではなかった。何度も逃げようとし、韓国は暮らしやすい街だと唱えた。

最近よく民主主義について考える。韓国は為政者や権力者による不正に対して国民規模のデモが起き、民主派の大統領を選んだ。香港や台湾は中国政府による強権的な支配に争い、香港は今も動乱が続くが市民は退かない。台湾はやはり民主派大統領が生まれ、今はオープンガバメントによって大きく存在感を示している。
正しい民主主義とはなにか。そのプロセスには歴史が大きく関わるから、ひとつとして同じカタチはない。正解はないが、不正解はきっとある。

あまりに多くの痛みを背負わされ、被支配の立場から自由と権利を主張してきた人たちがつくる民主主義は、強い。血の匂いを、涙の感覚を、傷の痛みを、生々しく覚えている。
戦後75年、日本は軍を放棄し、参戦を拒み、交戦を避けてきた。その事実は大切にしなければならないし、今後もそうあるべきだ。
だが一方で、僕らは民主主義を手にしているのだろうか。安全な国だからといって、周囲の声が聞こえなくなっていないか。南北に分かれた朝鮮半島の現実はいつも日本に突きつけられているように思えてしまう。俺たちを見ろ。お前らはどうなんだ。そんな声に思えてしまう。無関係の世界の話ではないのだ。
多少脚本が荒くても、国が歩んだ現実の重さはその不足を簡単に補う。事実は小説より狂気であり、それは韓国の人々のマインドセットに今も強く組み込まれているのだと思う。
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