オヂサン

ヴァイオレット・エヴァーガーデンのオヂサンのネタバレレビュー・内容・結末

4.0

このレビューはネタバレを含みます

愛しているの言葉にはいろんな愛しているがある。愛しているは一言で表せない。

他人から命令を下してもらい道を選んでもらって何も考えずにそれを実行して人形のように生きる、というのは悪く言えば「自分で選ぶという責任」が無くなるので自分で自分の人生を決めなくていいしとても楽である。しかし楽なように見えても、そこには責任も道も感情も無く、傷つく事も喜ぶ事も怒る事も人を愛する事も難しくなる。

そんな状況から脱して、自ら選択する事でその選択に「責任」が生まれ、初めて自分の意思というものが生まれる。自分の言動に責任を持つようになり、自分の発言がいかに周りに影響を与えるのかを考える。

両親も知らされず、気づいた頃には傭兵として育てられたヴァイオレット。他人から貰った命令で死んだように生かされていた彼女には目的もなく、愛を与えてくれる人もおらず、心がカチカチに固まっていた。

しかしドールとして沢山の人に会い、色んな感情と気持ちを知り、優しさや愛に触れて心が柔らかくなっていく。もがきあがき涙を流し、自分の罪を受け止め、自分を許し、必死に生きる。ヴァイオレットは今、生きている。自分の足で立って歩けるようになっている。

愛しき人をこの目に見るまでは実感が湧かないだろう。最後まで諦めないでほしいし、もし自分が同じ立場だったら諦めきれない。
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