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慶余年 ~麒麟児、現る~のさぼいFDのネタバレレビュー・内容・結末

慶余年 ~麒麟児、現る~(2019年製作のドラマ)
4.8

このレビューはネタバレを含みます

中国ドラマは立ち上がりが遅いものが多いけれど、幼少期が短くてテンポが良いのでぐんぐん先を見進めることができた。
個性の強い面々が脇を彩るのも素晴らしいけれど、何より主役の范閑の愛され力がこの作品に絶大な魅力とリアリティを吹き込んでいる。

愛され力=愛嬌は生まれつき持つ能力であり、何より強大な権力者のもとで光り輝く性質を持っている。
リアルなところだとブリテンズゴットタレントでとにかく明るい安村が勝ち進んだのも、この愛嬌によるところが大きいと思っている。
安村も、サイモンという強面カリスマ審査員が場を支配しているからこそ、そこで安心して愛され力を存分に発揮できたのだろう。
作為ではなく、自然に感覚的に、どこまでが許されるのか匙加減がわかるのだ。
これは他の人にはとても真似できないこと。
だからこそ強大であればあるほど孤独になっていく権力者にとっては可愛くて仕方のない存在となるのだ。
このドラマで言えば、慶帝との関係がそれにあたる。
我が子というのを抜きにしても、目をかけ期待をかけるだけの価値があるのだ。

ただ一つ、このドラマで納得がいかなかったのは、黒幕が第二皇子だということ。
まあびっくりしたけど、まだあまり存在がそこまで詳しく語られてないからこれから色々出てくるんだろうけれど。
私としては、主人公の母親を復活させるのになんだか邪魔で范閑を消そうと長公主などが画策しているんだと思ってた。
何しろこの世界の中で一番のカリスマといえば、誰がなんと言おうと主人公の母親しかいない。
意図せず不可抗力で転生した場合、チート能力はいいけどそれを使って何をするの?という目的が後付けになっていく。
大きな目標を見つける者もいれば、小さい世界で自分のためだけに使う者も。
その点、主人公の母親は明確なビジョンを持ち、自分の持てるチート能力をフルに使って世界を変えていっている。
カリスマっていうのは結局のところ、明確かつ強固な大きいビジョンを持った人のことなのだ。
能力は二の次、ビジョンを持っているか持っていないか。
その点において、范閑は母親に遠く及ばない。
母親の出番が極端に少ないのも、あれ以上多いと主人公が霞んでしまうからだろう。
まあきっとこの先范閑も母に負けない大きなビジョンを持ってチート能力を世の中の改革に使っていくという成長物語なんだろうな。

そんな訳で、そんなすごい存在である母親のためならば、長公主が娘との関係を犠牲にしたり、朱格が命をかけるのも納得できるんだけど。
第二皇子が自分のためじゃなくて范閑の母親のために…なんてことはないのかなぁ。

どう転ぶかはわからないけれど、とても先が楽しみなドラマ。
来年は続編が見られそうなので楽しみにしています。
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