鄭道伝<チョン・ドジョン>の24の情報・感想・評価

エピソード24
第24話
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Garararara

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風見鶏チェ・ヨン耄碌無双 鉄嶺衛(チョルリョンウィ)問題2 意見者投獄&拷問、「門下侍中(ムナシジュン)よ、今後はそなたに身も心も預けたい」、「義父(ちち)になってくれ」、「骨身に染みついた敗北主義を、一掃する機会だ」、使者∶王得明(ワン・ドゥクミョン)、鉄嶺衛(チョルリョンウィ)設置報告、小競り合い、「遼東征伐は断念せざるを得ません。お察しください」 歴史コーナー 全羅北道(チョルラプット)淳昌(スンチャン)郡 回門(フェムン)山、万日(マニル)寺、無学(ムハク)大師、遺墟碑(ユホビ)、淳昌(スンチャン)コチジャン始源地(シウォンジ)展示館 パク・ウィジュン 明への使臣 イ・チョム 双梅堂(サンメダン) 成均直講(ソンギュンチッカン) 王得明(ワン・ドゥクミョン) 後軍都督府(フドントドップ)遼東百戸(ヨドンペッコ) 軍簿司(クンブサ) 判図司(パンドサ) “鉄嶺衛(チョルリョンウィ)以北の地”…元に奪われた後に恭愍(コンミン)王が奪還した北方 耄碌チェ・ヨンの遼東出兵進言 「明の遼東都指揮司(ヨドントチヒサ)の命を奪います!」 圃隠(ポウン)チョン・モンジュ 「出兵は無理です」 「武力行使は国に危機を招きます」 ウ王「考える時間がほしい」 1388年2月 明と高麗の間で領土紛争勃発 “鉄嶺衛(チョルリョンウィ)以北の地” イ・ソンゲとチェ・ヨン 恭愍(コンミン)王が東寧府(トンニョンブ)征伐したから陥落可能 建国20年の若い国と侮る耄碌チェ・ヨン 「武力の前に使臣を送りましょう」のイ・ソンゲ →使臣派遣指示風見鶏チェ・ヨン 今回はモンジュではなく、パク・ウィジュン派遣 ウ王「遼東を攻撃せよ!」 …チェ・ヨンの口車に乗る高麗滅亡への号令? チェ・ヨン「聖恩に感謝します」 …訳∶これで高麗滅亡です? 「今こそ高麗の力を示すのだ」 …滅びのね? トゥッポが漢陽山城(ハニャンサンソン)補修に駆り出され 王室の全輿の修繕命令 →避難用 イ・ソンゲに問い詰められ遼東出兵白状チェ・ヨン 更に考えなしウ王の支持 …高麗滅びるわ チェ・ヨンと士大夫たち 「使臣ごときが解決できる問題ではない!」 「国を滅ぼす気ですか?!」 …ピンポン! →図星なので投獄 イ・ジャソンは更に拷問で命が危うい 風見鶏ウ王とチェ・ヨンコンビ 「私たちに刃向かう者は罰せられて当然だ」 「門下侍中(ムナシジュン)よ、今後はそなたに身も心も預けたい」 …BL宣言?! チェ・ヨンの末娘を「妃に迎えたい」宣言ウ王 「義父(ちち)になってくれ」 …簡単に“親子”になり、切り捨てる朝鮮半島 「臣下として死なせてください。出家して余生を終えるとしても、決して殿下の義父にはなれません」 「私はそなたを信じすべてを賭けた」 …朝鮮半島伝統“その時だけ真実” てすね? 「先王もできなかった明との戦を決めたが、なぜそなたは私の願いを聞けないのだ?」 …決めたのは考えなしだからでは? …問題が別では? …国のためではなく、チェ・ヨンのために決めたの?←高麗滅亡ひゃっはー! イ・ソンゲ宅訪問チェ・ヨン 「なぜ独断で進めるのですか?時間をかけても皆と協力して、進むべきでは?」 …耄碌?脳筋?両方? 「私がお前の歳ならそうしただろう」 「(もうすぐ74で)これが人生最後の機会だろう」 「高麗は外敵の侵略と、朝貢に苦しんでいる。ついに天に向け堂々と胸を張れる時が来た。骨身に染みついた敗北主義を、一掃する機会だ。頼む、この老人の思いを汲んでくれ」 …朝鮮半島伝統“恨”ですね? ウ王とのBL関係を告げるのに照れるチェ・ヨン←違う? 「おそらく殿下の義父になるだろう」 衝撃イ・ソンゲ 「殿下には丁重にたのだがな」 慌てて弁明チェ・ヨン イ・スンイン流刑 遼東征伐反対+イ・イニムの仲間∶朝鮮半島伝統“冤罪” イ・ジャソンが拷問で獄死 士大夫たちの反対 武官たちの反対 風見鶏耄碌チェ・ヨン 三峰(サムボン)とイ・バンウォン 「国が危機なら大業の日が近づきます」 明の使者が都城(トソン)に到着 王得明(ワン・ドゥクミョン)が、高麗に鉄嶺衛(チョルリョンウィ)設置報告 鉄嶺衛(チョルリョンウィ)の三峰(サムボン)解説 “衛”は、明の軍事組織の名 指揮使(チヒサ)の下に千戸所(チョノソ)設置 一部隊の兵5600人 遼東から鉄嶺(チョルリョン)間に70の駅站(ヨクチャム)設置&兵を配置 「既に鉄嶺衛(チョルリョンウィ)の設置は終わっているでしょう」 対話での解決は無理ゲー 土地問題平行線で交渉決裂 チェ・ヨン「我らの領地に鉄嶺衛(チョルリョンウィ)を置いた以上、侵略と見なさざるを得ない!皆、遼東征伐に異論はないと信じている」 イ・ソンゲも戦う以外はないと諦め 鴨緑江(おうりょくこう)付近の村に明兵張り紙 →高麗軍襲撃で小競り合い開始 明の敵将含め21名討ち取り ご満悦耄碌チェ・ヨン 風見鶏ウ王と耄碌チェ・ヨンのコンビにイ・ソンゲ 「遼東征伐は断念せざるを得ません。お察しください」 …大事なので3回言いました! 歴史コーナー 全羅北道(チョルラプット)淳昌(スンチャン)郡 回門(フェムン)山 万日(マニル)寺…淳昌(スンチャン)郡亀林面(クリンミョン)、新羅(シルラ)文武(ムンム)王の時代に創建 無学(ムハク)大師(1327-1405) 高麗末―朝鮮初の僧侶 イ・ソンゲの王師(ワンサ) イ・ソンゲが新国建設するために一万日祈った←万日(マニル)寺由来 万日(マニル)寺遺墟碑(ユホビ)…イ・ソンゲの話 淳昌(スンチャン)コチジャン始源地(シウォンジ)展示館 イ・ソンゲが万日(マニル)寺へ向かう途中農家で食べた味噌を、王位についてから献上させた 万日(マニル)寺農漁村バスサンネ村下車
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威化島回軍