みや

わたしたちの教科書のみやのネタバレレビュー・内容・結末

わたしたちの教科書(2007年製作のドラマ)
4.2

このレビューはネタバレを含みます

【世界を変えることは出来ますか?】

明日香
「先生、質問があります。世界を変えることは出来ますか?」
耕平
「世界を変える?」
明日香
「はい」
耕平
「えっと、それはどういうことかな?」
明日香
「この世界では、1年間に120兆円ものお金を使って、毎日戦争が行われています。通学で戦争に巻き込まれる子どもや自ら銃を持って戦争している子どもがいます。わたしと同い年の女の子が兵士より先に地雷原を歩く仕事をしています。わたしとその子はどこが違うんでしょうか。食べるものがなくて死ぬ人がいるのに、食べ物を捨てる人がいます。1秒間でサッカー場1年分もの緑が消えていっても、温暖化で南極の氷が溶けても、それでも人は去年買ったばかりの服を流行遅れだと言ってゴミにします。どうしてですか?」
耕平
「難しい問題だね」
明日香
「先生は幼稚園の時に習いませんでしたか。喧嘩をしてはいけません」
耕平
「習った」
明日香
「人のものを盗ってはいけません」
耕平
「うん」
明日香
「物を大切にしよう。動物や草花を可愛がろう」
耕平
「うん」
明日香
「たったそれだけのことをみんなが守っていれば、世界はこんなことにならなかったんだと思います。どうしてですか? どうして幼稚園児にもわかるようなことが、大人になるとわからなくなるんですか?」
耕平
「......」
明日香
「先生、世界を変えることは出来ますか?」

答えられずにいるとチャイムが鳴って、その場をやり過ごす耕平。

 × × ×

「世界を変えることは出来ますか?」子どもが抱く単純な疑問であるが、大人は明確な答えを出すことができない。

こういった問題提起から始まる本作。

坂元の作風に「社会に対する鋭い眼差し」が取り入れられた瞬間だ。

クラスメイトからいじめられ、ある日突然、転落死に至った中学生の藍沢明日香(志田未来)。

自殺か否か、彼女の死の真相を追及する弁護士の積木珠子(菅野美穂)と教師の加地耕平(伊藤淳史)を中心に、学校のあるべき姿を問うたヒューマン・リーガル・サスペンス。

いじめ問題をきっかけに学校を舞台とした教師と生徒の抱える様々な負の側面が明るみになるほか、ネグレクト・若年性認知症・援助交際・毒親など現代社会に蔓延る諸問題についても描かれる。

第26回向田邦子賞受賞。

 × × ×

明日香の声
「おかあさん。1年3組、藍沢明日香。わたしはおかあさんのことを珠子さんと呼びます。おかあさんもわたしを明日香さんと呼びます。わたしと珠子さんが商店街を歩くと、コロッケ屋のおばさんが言います。あら、そっくり。おんなじ顔ねと言います。わたしと珠子さんは少し恥ずかしいけれど、少し嬉しくて顔を見合わせます。目かな、鼻かな、口かな、ほっぺたかな? 背の高さも体重も違うのに、おんなじ顔。テレビを見てるとおんなじところで笑います。好きな色、好きな数字、好きな洋服、みーんなおなじ。なんでかな? なんで親子は似てるのかな? 離れてもすぐ見つかるようにかな? 鏡を見ておかあさんを思い出せるようにかな? 親子って不思議です」

 × × ×

珠子には明日香の死の真相を明らかにする理由があった。

それは、明日香の母であった過去の記憶だ。

珠子は若い頃に一度結婚していたことがあり、その時の夫の連れ子が明日香である。

しかし、結婚後間もなく夫は失踪し、小学生だった明日香とは3カ月の間だけ共に暮らすも半ばネグレクト状態で、すぐに養護施設へ預けてしまう。

それでも明日香の中で珠子は大事な唯一の母親であり、屈託のない笑顔を見せていた。

彼女が死ぬ前日、相談に来た明日香を冷たく払いのけた珠子だったが、死の知らせを聞き、彼女から貰った作文のことを思い出す。

珠子は明日香の母親として、真相追求に立ち上がるのであった。

母と子にまつわる「育児放棄」や「母性」といった題材は以降の『Mother』や『Woman』など坂元作品で度々描かれるようになるのだが、本作にはその萌芽が見られる。

耕平もまた、途中で赴任してきた臨時教員という立場であるものの、明日香のSOSに気付けなかった後悔と彼女の教科書に書かれた「死ね」の文字を目撃したことから当初は珠子に協力の姿勢を示す。

しかし、副校長の雨木真澄(風吹ジュン)をはじめとする隠蔽を目論む学校側からの執拗な嫌がらせと生徒からの圧力に屈し、流されやすい性格も相まって、一時はいじめがなかったと思い込む。

その中で、耕平ら教員は万能でも聖職でもないという姿が描かれ、各々学校外においても問題を抱えていることが明らかになる。

しかし、真相が近づくにつれ、自分が信じる道、教師として生徒にしてやれることを見つめ直し、雨木副校長に反旗を翻したのであった。

まだ善悪に染まっていない新任教師という目線で、教員の過酷な労働環境と生徒の抱える心の闇が暴かれていくため、視聴者が感情移入しやすい設定だったと考察する。

 × × ×

教室の窓に身を乗り出しながら、手すりに腰掛ける明日香と朋美の回想シーン。

明日香
「わたしは一人じゃないってわかったの。わたしにも、わたしが死んだら悲しむ人がいるってわかったの」
朋美
「友達?」
明日香
「(首を振る)」
朋美
「先生?」
明日香
「(首を振る)」
朋美
「家族?」
明日香
「(首を振って)朋美にもいる。どんな人にも、世界中のどんな人にも、生まれた時からいる。悲しんでくれる人がいる。生き続ければいつか気づく。きっと励ましてくれる。だから死なないで。死んじゃダメだよ。生きてなきゃダメだよ」

  ×  ×  ×

裁判所に戻って。

珠子
「間違いありませんか? 死んじゃダメだよと、生きてなきゃダメだよと、明日香は言ったんですね」
朋美
「はい」

  ×  ×  ×

回想戻って。

明日香
「朋美、三日月、キリギリス」
朋美
「水舎、シャンデリア、明日香」

  ×  ×  ×

小学2年生、一緒に帰っていた頃の回想。

明日香
「朋美、三日月、キリギリス」
朋美
「水舎、シャンデリア、明日香」

  ×  ×  ×

回想戻って。

明日香
「帰ろう。わたしたち、また一緒に帰ろう。一緒に帰ろう」
朋美
「(頷いて)」

手を重ねている明日香と朋美。
教室の中へ戻ろうとしたとき、明日香は足を滑らせて窓から転落する。
無音の後、雨の音と叫ぶ生徒の声が聞こえてくる。

 × × ×

第7話までは学校ドラマが描かれるが、第8話以降は本格的で重厚な法廷ドラマと変容する。

明日香が死んでもなお、対象が変わるだけでいじめは続いており、教師もまたいじめに怯えて認めようとしない。

いじめというものは、そうした見て見ぬふりの連鎖が同調圧力となるため、裁判で証拠を集めるのは困難で、原告の訴えが認められるケースは極めて少ない。

それでも珠子の決して諦めない姿勢と心からの本音の言葉に突き動かされた教師や生徒たちの証言によって真相に近づいてゆく。

形勢が傾く中で、決定打となったのは明日香の唯一の友人であった仁科朋美(谷村美月)の証言である。

朋美と明日香は小学2年生からの付き合いでいつも二人で過ごしていたこと、「楽しいことは全部半分こにしよう。悲しいことも全部半分こにしよう。あなたはわたしで、わたしはあなた。ずっと二人で生きていこう」と約束したこと、朋美に好きな人ができたこと、それが後のいじめの主犯格となる少年であったこと、軽はずみで言ったことが少年の心を傷つけたこと、いじめられるようになったこと、明日香が身代わりとなっていじめられるようになったことを次々と告白する。

いじめられてつらいはずなのに以前と変わらぬ笑顔の明日香を見て、朋美は耐えられなくなり、自殺しようとしたところを明日香に引き止められ、上記の真相へとつながるのだった。

つまり、真実は不慮の事故による転落死で、明日香はたしかにいじめられてはいたが、必死に前を向いて生きようとしていたのである。

珠子にとってそれは絶望の中で見た救いの光であった。

大粒の涙をこぼした後、「明日香が死んだの、わたしのせいです。あのとき一緒にわたしも死にました。お願いします、わたしを死刑にしてください」と語り、光の消えた目をする朋美の姿が実に印象的である。

 × × ×

明日香の声
「明日香より。明日香へ。わたし、今日死のうと思ってた。ごめんね、明日香。わたし、今まで明日香のことがあまり好きじゃなかった。ひとりぼっちの明日香があまり好きじゃなかった。だけど、ここに来て気付いた。わたしはひとりぼっちじゃないんだってことに。ここには8才の時のわたしがいる。わたしには8才のわたしがいて、13才のわたしがいて、いつか20才になって、30才になって、80才になるわたしがいる。わたしがここで止まったら、明日のわたしが悲しむ。昨日のわたしが悲しむ。わたしが生きているのは今日だけじゃないんだ。昨日と今日と明日を生きているんだ。だから明日香、死んじゃダメだ。生きなきゃダメだ。明日香、たくさん作ろう。思い出を作ろう。たくさん見よう。夢を見よう。明日香、わたしたちは思い出と夢の中に生き続ける。長い長い時の流れの中を生き続ける。時にすれ違いながら、時に手を取り合いながら、長い長い時の流れの中をわたしたちは歩き続ける。いつまでも、いつまでも」

壁に描かれた窓の絵から太陽の光が差し込む。

 × × ×

物語のクライマックスで珠子はすっかり正気を失った朋美を連れて、二人がよく遊んだ廃墟にある秘密の隠れ家を訪れる。

そこには明日香が死の前日、自分宛てに書いたメッセージが壁に記されていた。

「わたしが死んだら悲しむ人」、それは「明日のわたし・昨日のわたし」である。

実に坂元らしい胸に響く実直な言葉と廃墟に射す希望とも取れる太陽の光が眩しくて、きっと珠子と朋美も前を向いて歩いていけるはずだと暗示させる結末だった。

本作では、明日香の小学生時代の作文・いじめが原因で転校することになった生徒への手紙・明日香の身を案じた雨木副校長からの手紙・壁に記された明日香のメッセージという具合で、かなり多くの手紙やそれに付随したものが散見された。

また、「あなたがしたことは、わたしもしたことよ。わたしたちは同じ荷物を背負って、彼女が生きるはずだった未来を歩き続けるの」と珠子がいじめ主犯格を諭すセリフがあるのだが、これに近いセリフが『それでも、生きてゆく』や『anone』といった以降の社会派側面の強い坂元作品において、言葉を換えて繰り返し述べられていることも特徴的だろう。
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