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メタモルフォーゼの縁側のtrickenのレビュー・感想・評価

メタモルフォーゼの縁側(2022年製作の映画)
4.2
2022年公開作品。よかった。

(1) ファッションを通じて登場人物の心情の移り変わりが演出されている。芦田愛菜演じる狭山うららは基本的に青・紺・緑などの濃い寒色系に黒寄りのモノトーンカラーの組み合わせで、原稿に打ち込んでいる時のみ稀に赤いパーカーを羽織る。校了した後はまるで洗濯機から出し立てかと思えるほどフード部分の縮れたねずみ色のパーカーを着ていた。対する宮本信子演じる市野井雪は淡桃等の淡い暖色系と白寄りのモノトーンの組み合わせで、佐山うららと対照的である。時に雪の優しさに感化されたうららの服装が淡めの色合いに変化することもある。

(2) ライティングに物語らせる技法が美しい。特に雪の娘が家を訪問しているところにうららが偶然居合わせ、ディナー兼晩酌の時間を共にした後の二人のやりとりに注目したい。あのシーンでは、うららが画面右側に見切れている雪が語る素直なBLへの愛情を聴きながら、画面左側に映るうららの後頭部の方は光源のない暗闇に覆われている。隠れて受容してきたうららのBL趣味を理解する仲間が目の前にあるという光の側面と、それを語ってよいものか葛藤する闇の側面とが芦田愛菜の右向きの表情を挟んで左右に対置されている。映画ナラデハの表現として印象に残っている。

(3) 雪が書道教室を営んでいるという設定を反映して、雪の住まう日本家屋にさまざまなことを物語らせている。常に架かっている掛け軸だけでなく、難読字が好きな少年の書く習字も、ふたりの間で徐々に移りゆく日々の感情の一部となっている。襖の青海波も、倉庫と化している区画も、背景美術として好い仕事が為されている。

(4) 橋本英莉(演:汐谷友希)にまつわる演出。根暗の自認があるうららのBL趣味を英莉が公共空間で結果的に簒奪してしまったようにも取れる場面だけではなく、何であれ自分の関心事のために真剣に机に向かう一個人として英莉が再解釈されていた点が、よかった。映画における中盤以降の英莉は、うららと同じ【熱心なデスクワーカー】として位置づけられており、そのためにうららが三者面談の日の英莉に声を掛け、応援するという脈絡が成立していた。つまり、この映画では、佐山うらら(+雪)・コメダ優の2人に橋本英莉を加えた 3(+1) 名のデスクワーカーのひたむきさを映し出していると言える。

(5) 河村紡(演:高橋恭平)に対するうららの感情について。原作でのうららから紡へ向ける思いについては、恋愛感情がない単なる幼馴染と位置づけてしまってよいように思うが、映画では0%ではなく数パーセント程度の恋愛感情の側面が、うららから紡に対して向けられていると取れなくもない。ただしその上で、紡に対しては「目標に向けて打ち込む」一種として英莉を見送ることを貫徹するよう、うららの側から促していると解釈した。映画版でうららの感情の設定がどのようであるにせよ、この映画では「心の底から対象に気持ちが向いていること」によって促される行動の方が、恋愛感情よりも価値の高いものとして優先される。そのように観た。

▼個人的メモ
-芦田愛菜は『パシフィック・リム』(2013)以来、宮本信子は昔見た『マルサの女』以来(声優仕事を入れると『かぐや姫の物語』(2013)リアルタイム鑑賞以来ということになる。鑑賞時、芦田愛菜の出演する作品では『星の子』も優れていると聞いた。

-詳しい方によれば、職業漫画家のコメダ優(演:古川琴音)のスタジオはセルシス(Clip Studio Paint 等作画アプリケーション・板タブレットを取り扱う企業)が全面協力しているとのこと。非常に洗練されたスタジオ内装で、初めてコメダのスタジオが出てきた時に驚いた。

(鑑賞日:2023-01-03, Amazon Prime ウォッチパーティにて)
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