幽斎

ザ・コントラクターの幽斎のレビュー・感想・評価

ザ・コントラクター(2022年製作の映画)
3.8
最初にタイトルを聞いた時はニコケイの「コンテンダー」かと、紛らわしい(笑)。スター・トレックで若きキャプテン・カークを演じたChris Pineが、元特殊部隊の請負人を演じ、陰謀に隠された真実を暴くノワール・スリラー。Tジョイ京都で鑑賞。

Chris Pine、42歳。イングランドの家系だが、ロシア系ユダヤ人の血を引く。ユダヤ系の俳優が優遇されるのは当たり前だが、彼の場合は父親Robert Pineの存在が大きい。映画俳優で数多くの作品に「端役」で出演してるが、彼を有名にした「白バイ野郎ジョン&パンチ」ギトレア部長で全米で知らぬ者は居ない俳優に。150以上の映画やドラマに出演したが、秘訣を聞かれると「どんな小さな役でも積極的に引き受ける、そして一緒に仕事をした人を悪く言わない」。これは息子Pineにも引き継がれてる。

Chris Pineは紛れも無いハリウッド・スターに成長したが、対岸の日本から見ると「主役だけどパッとしない」様に映るかもしれない。だが、彼程のクラスの俳優で、出演作が途切れる事無く活躍する俳優も、また少ない。代表作「スター・トレック」が分り易いが、父親の「一緒に仕事をした人を悪く言わない」。前作Beyondが失敗の烙印を押され、多くのスタッフが解雇される事が分ると、同じ名前の共演者Chris Hemsworthと協調して出演を辞退。現在は修復され「Star Trek 4」製作の真っ只中。

「スター・トレック」メジャー・パラマウントの代表作でも有るが、Chris Pineはライバルのワーナー「ワンダーウーマン」、ソニー「スパイダーバース」等、他のスタジオへの出演も増え、ソレを繋ぎ止める為に製作された。因みにTom Cruiseは最後のパラマウント専属俳優。故にキャスト在りきで、監督も脚本も素人同然が製作。「だから粗さが目立つのか」その通りです(笑)。

配信を意識してキャストは渋めに豪華。アカデミー作品賞を含む4部門にノミネートされた「最後の追跡」でChris Pineと共演した名脇役Ben Foster。脇役なら此方も負けてないEdward Marsan。そして、Kiefer Sutherland。今回もしっかり「くそっ!!」と英語で大声で叫んでます(笑)。プロット的に女性は添え物なので、悪しからず。

製作は中国系STXフィルムズだが、「Violence of Action」と言うタイトルでローンチされたが、パラマウントは「何だ、このダサいタイトルは?」と、原題「The Contractor」に変更。コントラクターは直訳すると請負業だが、本作の意味は「民間軍事会社」。脚本が淡泊且つ平凡で、パラマウントは書き直しを指示。「ジョン・ウィック」の数多くのプロデューサーの中で、端っこに居たBasil Iwanykでは、荷の重い作業だろう。

【ネタバレ】物語のエンディングに触れるので、自己責任でご覧下さい【閲覧注意!】

STXフィルムズは本作と同じ特殊部隊グリーンベレー出身の軍事アドバイザーに監修を依頼したが、ホントなのかと目を疑うシーンのオンパレード。挙げると切りが無いが、最初の違和感は細菌研究所。アサルトライフルで武装したChris Pineの仲間は、ハンドガンの警察官に対し、2人も死んでBen Fosterも被弾。彼らが本当に元グリーンベレーなら、銃火器(弾の到達度)の差で簡単に制圧出来る。アクション映画素人の私でも劇場で「いやいやいや」と首を3回振ったよ。

クライマックスも間違い探しの連続。Kiefer Sutherlandの本拠地に乗り込時、誰も防弾チョッキを着てないのは、不死身の設定なのかと。夜襲を掛けるのは良いが普通は遮蔽物を利用し、敵のアジトに近づくのが鉄則。だが、Ben Fosterは堂々と道路を歩いて、歴戦の元海兵隊員に、ハンドガン一丁で勝負とは、そら死ぬわな(笑)。Kiefer Sutherlandも狙撃銃を持ちながら、拳銃のBen Fosterに撃ち殺される。屋敷に侵入したChris PineがKiefer Sutherlandと対面した時、既に死んでいた。主人公にラスボスを残しておくのがセオリーと思ったが、どうやら私の勉強不足の様だ。

驚いたのは中盤の潜伏した下水道のシーン。脱出用BMWを用意されたが、其処で暗殺者4人とバイク2人、計6人から銃撃される。が、何故かChris Pineに弾が当たらない(笑)。背後から10m位かな?狙撃されても無傷。撃った方はブロック片で頭を殴られて死んだ。此処は1つ、Steven Seagalを呼んで意見を聞きたい。ハリウッド映画で主人公に弾が当たらない事を「ダイハード的」と言う。覚えて帰って下さい。

重要なプロットはパラマウントが名付けた「民間軍事会社」。これは「Black Water USA」の一連の疑惑に言及してる。SEALsを退役したErik Princeが設立。民間軍事会社と言っても誰もピンと来ないと思うが、簡単に言えば正規軍では難しい案件を処理。イラク戦争で正規兵の慢性的不足の為、傭兵の需要が増した事が会社を大きくした。一説には4万人が訓練を受けてる。

警護対象に死者を出さない事がセールス・ポイントだが、相手に対しては人道的に問題が多く、イラクでは民間人を無差別に撃った実弾演習が常態化、反米意識の根源と為る。彼らの戦争犯罪を法で裁く事が下院で可決されても、ホワイトハウスの反発で済し崩し。本作の様に除隊後の受け皿と言う意味では、日本の警察と警備会社の関係に似てる。日本でも青森県つがる航空自衛隊分屯地で、ミサイル防衛用レーダーの搬入は、彼ら「Black Water USA」の仕事。保釈中のカルロス・ゴーンの国外逃亡を支援した事は記憶に新しい。

私が本作を評価する理由は、冒頭の編集の妙味で主役の立ち位置を解り易く解説。画調もシリアスで低温度のドライな作風。人の死を糸が切れた風船の様に描くスタイル。人の肌の温もりを廃した冷めた特殊部隊の所作。本作はアクション・スリラーと言うよりもノワール・スリラーの方が相応しい。ハリウッド映画で民間軍事会社を正面から批判するのは珍しい。ソレだけでも、私は製作した意義は有ると思う。自衛隊と縁遠い日本人も、こんな世界が有るのだと。

午後ロー案件と両断するには勿体ない。劇場の激渋映画を守る意味でも是非観て欲しい。
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