すずり

すずめの戸締まりのすずりのレビュー・感想・評価

すずめの戸締まり(2022年製作の映画)
4.4
【概略】
九州の静かな町で暮らす
17歳の少女・鈴芽(すずめ)は、
「扉を探してるんだ」という
旅の青年・草太に出会う。
彼の後を追って迷い込んだ
山中の廃墟で見つけたのは、
ぽつんとたたずむ古ぼけた扉。
なにかに引き寄せられるように、
すずめは扉に手を伸ばすが…。
(公式HP storyより引用)

・・・

【講評】
実に3年ぶりに公開された新海誠監督の最新作ですが、
本作は監督の視点から見た日本の現状が克明に、そしてグロテスクに映し出されているロードムービーです。

失われた30年を経て、大震災を経て、地方の活力は刻一刻と失われていって、
そんな"ある種の青年期を過ぎた国"であると、監督はインタビューの中で日本のことを表現しています。
この言説は、私の中で凄く腑に落ちた日本の現状の説明であるなあと感じました。

地方に赴くと廃墟を目にする機会は非常に増えたと感じます。
高齢化の懸念が叫ばれていた時代ももはや過ぎ去り、ごく当然の日常的な概念と化してしまいました。
本作は、そんな緩やかに死に向かいゆく日本の地方各地を"悼む物語"として丁寧に紡がれているんですね。
また、本作の「鍵を掛ける」というモチーフは非常に強いメタファーになっていて、その土地で培われてきた多くの人々の記憶が、最期の扉を閉めるのかように一度安らかな眠りにつくことなのかな、なんて感じてしまいました。

一方で、そんな一見すると暗くなり過ぎるようなテーマがありながらも、老若男女が楽しめるようにキャラクターデザインがされている所も、本作の面白い所ですね。
軽快に動き回る3本脚の椅子や、猫のダイジンといったマスコットが画面を駆け回る様子は、どこかジブリ映画に通ずるようなコミカルさを感じましたし、
ボーイミーツガールものとしての側面も物語としては大きな柱の一つになっています。
アクションシーンも非常に見応えがあり、画面の鮮やかさやインパクトが、過去作と比較した上で、本作の大きな特徴の一つとなっていました。
ところで、新海映画といえば主人公達の独白シーンが見所と言いますか、ある種持ち味であると感じていましたので、本作では作中に独白が一切無かったことには少々驚きました。
物語全体として俯瞰した時、本作は鈴芽の心情に大きなフォーカスを当てたものではないことが理由だとは思いますが、他に何か意図があるとすれば気になってしまいますね。

道中で様々な生き方・年代の女性に出会い鈴芽が成長していく過程も、非常に素晴らしい構成だと感じました。
『魔女の宅急便』から影響を受けているとのことですが、現代版「魔女宅」のような物語として捉えることもできるかもしれませんね(魔女宅は「実家から出て行くお話」であり、本作は「故郷へと向かっていくお話」であるという違いもあり面白いです)。
様々の人と出会い、価値観に触れ、そして挨拶と共に別れるという過程もロードムービーの醍醐味ですね。

・・・

そして、物語は終盤に差し掛かり大震災の傷の癒えない東北地方へと向かっていきます。
予告編や前半の展開では、震災映画としての側面は全く感じていなかったので、福島に差し掛かったあたりで劇場で凄く驚きました。
もしかすると、この内容を伏せるためにも鈴芽の独白シーンがないのかもしれません。
そして、この九州から東北へのロードムービーとしての構成は、非常に見事だと感じました。
鈴芽達の旅路に同調して、観客の私達もあの11年前の震災へと想いを馳せるような構成になっているんですね。

私はあの震災で実際に被災したとはとても言えませんが、震度6程度の揺れはあの大震災でしか経験していませんし、TVやラジオで連日報道されるあまりにショッキングな内容に日本の終わりを予感したような記憶があります。
それから早10年以上が過ぎ、当時の記憶や絶望感はかなり色褪せてしまったような気がします。
ネガティブな事に目を向け過ぎるよりは良いのでしょうが、やはりどこか記憶に蓋をして目を逸らしているような気が拭えません。
メインの観客層であろう10代の若者達からすれば、当時の記憶はもはや歴史の教科書のような内容なのかもしれません。
それでも、私達はあの震災にずっと目を向けなければいけない。
本当の意味であの震災を乗り越えた先に、日本という国の明日があるような気がしてなりません。

新海監督もきっとどこか同じで、この物語を世に送り出すことで当時の記憶に自身の中で一つの決着を付けようとしたのかな、などと手前勝手な想像をしてしまいました。
ラストシーンで鈴芽が幼い自分に言葉を送りますが、それは監督がインタビューで述べていた通り、12年という歳月を鈴芽自身がしっかりと歩んできたからこそ送れる言葉になっていて、私は思わず涙してしまいました。
どんなに辛い日々があろうとも、きっとその先を歩んだ未来の自分がいる。
そんな監督の観客全員に向けた優しいエールが、深く心に刺さりました。

そして、最後の後ろ戸を「行ってきます」という台詞と共に閉め、物語が幕をとじる訳ですが、
私達もこの先ずっと続いていく明日に顔を向けて、過去に「行ってきます」と言えるようになればと思いました。



【総括】
少女と椅子にされた青年の旅路を通じて、日本の廃れゆく地方や大震災へと想いを馳せるような構成のロードムービー。
今を生きる老若男女に見て欲しい、今秋の傑作です。

追記:
私が6年間を過ごした御茶ノ水の風景がこれでもかと描かれており最高でした!!
新海映画の東京の風景が大好きなので、次回作でさらに別の街が描かれるのが楽しみです。
すずり

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