おきみやげ

すずめの戸締まりのおきみやげのレビュー・感想・評価

すずめの戸締まり(2022年製作の映画)
3.9
 今までの作風から大きく舵をきって大衆ウケを狙いにいった『君の名は。』、そこで得たノウハウを活かして思春期の恋愛を情感たっぷりに描きつつも稼いだ『天気の子』。それに続く良くも悪くも『新海誠の加速する大衆化』がよく分かる一本。
 『君の名は。』や『天気の子』は性欲全開で画面考えたようなシーンがちょいちょいあったが今回は無い。むしろ今回は色気を放出するように描くのではなく内面に帯びるようにしていたのが特徴的だったと思う。スケベ心をもったスクリーンの前にいるお前、お前なら分かるだろう、このエロスが!新海誠のそんな声が聞こえる。
 それはともかく、映画館で配布される「新海誠本(=無料のパンフ的特典)」を読めばストーリーもよりファミリーで楽しめるような物を目指したとあり、これは映画を観ている最中でも感じた事だった。大ヒット作となった前二作は『二人の恋愛』を描く事が本筋だったが今回は『怪異を鎮めていく旅』が本筋となっており、それに伴い要所ごとに見応えのある場面が用意されている。観ながら「ヒロインめっちゃ走るなぁ」と思ったものである。面白いのがヒロイン・鈴芽よりも、脚が1本欠けた変なイスの方がその3倍は走っている事である。それでいて勢いのあるシーンがたくさんあって楽しめるのだから余計に面白い。
 そんな旅の中で幾つもの人に出会う訳だが、彼ら彼女らが生み出す一つ一つの話の流れの中で、一人一人の魅力をしっかりと感じる事ができる。
 アニメーションの楽しさ、キャラクターの魅力、相変わらずの演出の瞬間火力の高さなど良さに事欠かなく、もう一度観たいと言える映画だった。

 と、ここまで言えばいい事づくめなのだがじゃあこのままハナマル満点5.0‼︎とはならない。
 まず「なんかモヤンとするポイント」がいくつかある事。「あの台詞ってなんで?」「あの展開ってなんで?」そんな観てれば解決するかと思いながら観てたら結局そのまま終わってしまったような部分がいくつかあった。まぁこんな事は前二作でもあったのでそこまで大きな減点ではない。結果がおもしろければそんなもの幾らでも目を瞑れるのだから。
 問題は、大衆化を目指す試みの一つとして本筋に恋愛でない物を据えたが、外しきらなかった恋愛描写が勢い任せだと感じた事だ。尤も、『これが稼ぐ為の恋愛描写なんだよ』と言われてしまえばぐぅの音もでない。でも恋愛の質感の表現で言えば今までの作品群の方が良かったと個人的には思う。このシーンが彼らの脳裏に焼き付いているのだろうと思えるシーンが、そんなパンチが、欠けていると感じた。
 そしてそれに伴ってと言うべきか、全体を貫く強大なストーリー観を感じれなかった。言うなれば、映画と観客の間で旅の果てのイメージ共有がなく、なんかずっとワチャワチャしてるなと思いながら旅は終わった。もちろん場面場面ごとの目的はあるし、場面を超えて繋がる要素もあるにはあるのだが、結局エピソードごとのぶつ切り感を消す事は出来なかったのではないかと思う。

 まとめると、新海誠がこの映画で行った多くの試みは上手くいったと思うし、映画としても面白かったと思う。けれどこれは到達点の一つではなく、挑戦の途上にあるものだと思う。