ハヤシ

TAR/ターのハヤシのレビュー・感想・評価

TAR/ター(2022年製作の映画)
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観終わってすぐの頃に「これは主人公がテンポをコントロールすることができなくなっていく話だ」という考察を見かけてなるほどと思った。テンポをコントロールすることは、指揮者であるリディアにとっては仕事そのものでもある。最初は主旨の伝わりづらい会話の連続で、英語力が伴っていないわたしはそこで篩にかけられた。ある程度理解を諦めて観ていたので逆によく分かったのが、後半に行くにつれテンポは本当に明確に狂っていく。前半の冗長さが嘘のように後半は物事が急に展開する。

リディアの男性性やキャンセルカルチャーがメインテーマながら、明快な解が示されているわけではないので考えさせられる。話を追う中でリディアに対するなんとなくの不信感が芽生えてしまうが、どこからどこまでが彼女による罪で、どこからどこまでが彼女が受けるべき罰なのだろう。

リディアの有害な男らしさとも言えるような性質は生来のものか。才能や能力がそれを助長するのか。それとも自らの力ゆえに社会的に弱い立場であるものを想像できず、結果としてそうなってしまうのか。恋愛対象を別として、基本的にリディアは性別という概念に対して関心を払っていないように見える。(周りからの見え方はどうであれ、)女性を女性だからという理由で贔屓してもいない。3月8日が何の日かも知らない。男性のような特権を得ようと執心しているわけでもない彼女は、いわゆる「名誉男性」とも違う気がする。自らを男性と認識しているわけでもなさそうだ。しかし何故ペトラには自分をパパと呼ばせるのか。

ラストシーンは凋落か希望かという議論より、その舞台をアジアにする必要が本当にあったのか?と思わずにはいられない。

ところで日本版のタイトル『TAR』になってるけど、『TÁR』であることが重要なのでは?と思った。
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