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ケイコ 目を澄ませてのcalinkolincaのレビュー・感想・評価

ケイコ 目を澄ませて(2022年製作の映画)
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映画を観た、というよりケイコと居た1時間45分。

今までろうの人たちを映画やドラマのの題材にするとき、必ず「かわいそうフィルター」(ろうの人、障害者の人はかわいそうという思い込み)がかかっていた気がしたけど、この映画にはかわいそうフィルターはかかっていなかった。
ケイコももちろん日々に怯み、挫け、迷いながらもまたファイティングポーズをとる、そんな毎日を送っている。だが、彼女の中にある苦悩や葛藤はろう者であるからではない。私たちが日々当たり前に出くわすそれらと何ら変わりがないのだ。

この映画を見て、劇的な大事件がなくても映画は成立するんだ、と心底驚いた。とても静かな映画だけど、素晴らしい役者と観たい画があれば、わざとらしく貼り付けた事件などなくとも丹念に描いた機微はちゃんと伝わってくる。
会長がくれた帽子、会長の奥さんによって明かされるケイコのこころのモヤモヤ、弟のガールフレンドの手話でのありがとう。そんな小さな日常が何よりもクライマックスだった。
しかも1時間45分、何ら中だるみすることがなかった。その証拠に私は、上映中一度も飲み物を口にすることがなかった。口の中はカラカラだった。映画に夢中になって飲み物の存在を忘れていたのだ。こんなことは、初めてだった。

劇伴がなく、ペンを走らせるカツカツという音、シャドーボクシングをするシュッシュという音、トレーニング中のケイコのハァハァという息遣いが響く。そんな中唯一、ケイコの弟の聖司が奏でるギターの音色がケイコの心情に寄り添うシーンがあって、あれがすごく良かった。だから弟、ミュージシャンだったのか!と。
それ以外はエンディングテーマもなく、余分なものを徹底的に排除したつくりがとことんリアルだった。

あぁ、さっき見終わったばかりなのに、もうケイコに会いたいなぁ。会長に、奥さんに、林さんに、松本さんに、聖司に、ハナに会いたい。
わたし、確かに、ケイコと同じ時間を生きていた。
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