劇伴の全くないこの作品から
聞こえてくるのは、
ミットを打つリズミカルな音
だけではありません。
街の雑踏、電車の音、人の足音、
コンビニの店員の声、
ケイコの周囲に溢れる音、音、音。
その全てを彼女は知りません。
耳が聞こえないと知った時の
警官の対応。
音楽の聞こえないケイコが
弟の彼女のために踊るぎこちないダンス。
その残酷さに当人たちはもちろん
僕らもなかなか気づきません。
そんな世界で彼女が打ち込み、
自分を表現できる唯一のものが
ボクシング。
戦うのは怖いし、殴られたら痛い。
やめたいと思うけれど、
でも、やっぱり
彼女にとっては唯一の拠り所。
そんなケイコの心の葛藤を
岸井ゆきのは余すところなく
スクリーンに刻み込みました。
それはもう見事なくらいに。
映画が終わった時、
もう終わってしまうのか、
もっと観ていたかったと心底思いました。
こんな感情は久し振りでした。