社会のダストダス

ザ・ホエールの社会のダストダスのレビュー・感想・評価

ザ・ホエール(2022年製作の映画)
4.6
ピー…ピー…ピー…🚛

『マザー!』の監督の作品だったのか、あの作品は人類には早すぎる感じがしたけど、本作は比較的分かり易いし、何より厳選された役者陣の好演が凄く良かった。

ブレンダン・フレイザーは多分『ハムナプトラ』でしか観たことないけど、噂に違わぬ激変ぶり、特殊メイクによる力も勿論あるけどしばらく名前を聞かなかった彼のイメージのギャップも大きい。

同性のパートナーであるアランを亡くして以降、過食による肥満で健康を害してしまった男チャーリー(ブレンダン・フレイザー)、アランの妹であるリズ(ホン・チャウ)の介護を受けながら生活している。病院に行くことを拒むも自分の死期が近いことを悟った彼は、アランと暮らす前の元妻との娘エリー(セイディー・シンク)に会い、関係を修復しようと試みる。

ブレンダン・フレイザーほか、登場人物は非常に少ないけどそれぞれが印象に残る。最近『ザ・メニュー』でちょっと怪しい給仕さんを演じていたホン・チャウ。『ストレンジャー・シングス』での個人的最推しセイディー・シンクちゃん。『アイアンマン3』の少年だったと後から知ったタイ・シンプキンス。チャーリーの元妻にサマンサ・モートン。そしてピザ屋、登場人物はこれだけ。

チャーリーは玄関ドアからつっかえるくらいに太っているため、ほぼ彼の自宅でストーリーは展開される、彼は補助なしでは自重で歩くこともままならない。アパートの2階のようだけど、仮に床の底が抜けたら下の住民は大丈夫なのか少し気がかりになる。スタンダードサイズの画角も相まってチャーリーによる画面占有率がとにかく高い。彼の抱える閉塞感と物理的な窮屈さが現れている。

チャーリーは深い喪失を抱える人間なのは、心身の状態から明らかだけど、そもそも結婚中に生徒と駆け落ちしたりと元をたどればあまり褒められた人間でもない。エッセイを読ませるシーン、元妻との会話や、死を間近に悟って娘に許されたいと思うようになったこと、オンライン授業でカミングアウトした時に直ぐにPCを放って彼らの反応を拒絶したことからもあまり人の意見を受け入れない人だと思う。彼の見た目はまさにエゴの等身大のよう。

ブレンダン・フレイザーは噂通りの圧巻の演技。同じくオスカーにノミネートされていたホン・チャウは介護士の立場であるものの兄との繫がりであるチャーリーの存在に依存している面もあり、二人の共依存の関係のやり取りはときに切なく、ときにユーモラスで味があった。辛辣な態度で反発しつつも何だかんだで構ってくれるセイディー・シンクちゃんも、人の善意や悪意がもたらす思わぬ結果を示していて、まさに天使と悪魔。

内容的には咀嚼しきれない部分も多かったけど、静かな画面の中に大きな気の流れのようなものを感じる不思議な映画体験だった。これを観る少し前の『ダンジョン&ドラゴンズ』のデブドラゴンの転がるシーンが印象に残っていたため、チャーリーもああやって移動すれば楽なのではと、思い出して不謹慎にウケてしまった。