幽斎

NOPE/ノープの幽斎のレビュー・感想・評価

NOPE/ノープ(2022年製作の映画)
5.0
2022年最大の問題作が遂に降臨。本作は無題として製作され、公開1年前に「Have you seen it?Nope」大文字でNOPEと発表。アメリカの辛口批評家達は「史上最高のホラー監督」と絶賛した。ベストムービーを更新、TOHOシネマズ二条IMAX字幕版で鑑賞。

Jordan Peele監督はコメディアンとして映画人のスタートを切る。私が共に最高評価した「ゲット・アウト」「アス」は黒人差別をテーマに社会派スリラーとして、時代のトレンドを創り上げた。監督と他のスリラーを主導するクリエーターとの違いは、やはりコメディアンの「血」、表現が遠回りでソレが皮肉へと転化するプロットが恐ろしく秀逸。メタファーを論理的に理解する必要に迫る視点。プロットをロジックでは無く、文学的に描く卓越したセンスに有る。

しかし、スリラー慣れしてない観客は「ゲット・アウト」「アス」をホラーと解釈する。では、監督が本気でスリラー寄りのホラーを創り上げたら、どうなるか?。そのアンサーが本作で在る。基本的には黒人差別を表層的に描くが、本作は更に踏み込んで黒人社会のカルチャーを、現代的なパレットへ見事に浮かび上がらせた。「ゲット・アウト」「アス」はスリラー映画としては異例の高い収益率を誇った。監督は高い志とビジネスを両立できる、唯一無二な映画人と手放しで評価したい。

とは言え「ゲット・アウト」「アス」成功後のプレッシャーは並大抵では無い。しかも、始めから本作はホラー映画して創られる。監督はインスパイアとして「ジュラシック・パーク」「未知との遭遇」「サイン」「オズの魔法使い」を挙げたが、監督は過去の名作に敬意を表し、レールに沿いながら自らが訴えたいテーマに、アレンジを加えるセンスが実に素晴らしい。監督が数多くの映画を観てる事も解るし、映画に対する「愛」も感じる。彼がハリウッドで陰口を叩かれた話を聞いた覚えはない。

監督の演出手法をハリウッドでは「Narrative」ナラティブと言う。映画は基本的には「Story」ストーリーで在り、直訳すれば筋書きですが、主人公をメインに話が展開され起承転結で物語が終わる。対するナラティブは語り手、監督自ら語る様に物語が進行、出口が見えない点がスリラーにマッチするが、結末の解釈は観客に委ねられる。特に「アス」は長文の私が更に長文のレビューが書ける程、ストーリーテリングも多重構造。監督のシネフィルに打ち勝ってこそ、真の結末に辿り着ける。

配給したメジャー・ユニバーサルは潤沢な予算を与えるが、「アス」直後に取り掛かったにも関わらず、脚本段階で大幅な遅れが生じ、同時に製作する予定だった「キャンディマン」も監督を降板して無名の新人に任せる程、本作のスケジュールは圧しに押してた。その間にスタジオは撮影監督にChristopher Nolan御用達「インターステラー」「ダンケルク」「TENET テネット」手掛けたスイス人Hoyte Van Hoytemaを招聘。初めてIMAXカメラで撮影されたホラー映画と認定された。是非巨大スクリーンで堪能して欲しい。

【トラビス事件】アメリカ・コネティカット州の個人宅で飼育されたチンパンジー。2009年2月16日、飼い主の友人の顔面を食いちぎり警官に射殺された。トラビスはテレビ番組やコマーシャルに出演経験のあるオス。これが元ネタと思われる。

【ネタバレ】物語の核心に触れる考察へ移ります。自己責任でご覧下さい【閲覧注意!】

興行権を持つ東宝東和と言えば予告編。本作はスリラー寄りだけに「ギリギリ」ネタバレを回避する。だけど見せたいモノはしっかり見せた予告が揮ってる。つまり、本作は予告自体がミスリードの始まりで、私の友人界隈も「今回は未知との遭遇っぽいので、ホラーじゃないね」と見事に騙された(笑)。誰もが「アレ」の正体を突き止める作品だと思う。其処に沼が有り、だからこそ観客に「ガチで怖い」と足ら締める。

「ゲット・アウト」の成功で、ハリウッドは良い意味で大きく方向転換「出来た」と思ってる。クロスポイントはGeorge Lucas監督やSteven Spielberg監督に比肩すると「アス」を見て思ったが、本作を観て自信が確信へと変わった。一見するとキャトルミューティレーションを描いたUFOモノ。未知との遭遇っぽい、も間違いでは無い。UFOが生命体と言うプロットも、コレを見たRoland Emmerich監督が直ぐにでも作りそうだが、冒頭に紹介した「Have you seen it?Nope」を思い出して欲しい。そう、貴方は何か見ましたか?「いいえ」それが本作の答えなのです。

「Nope」はアメリカ英語のスラング、インフォーマルなので友達だけで使う方が宜しかろう。始めはNoを強調させる為にNopeと言った。アメリカのTwitterを見ると「nope nope nope」をよく見るが、これは無理無理無理(笑)。つまり観客がホラーじゃないじゃん、と思うのは「いいえ」なのです。スリラー的に見れば本作も「ゲット・アウト」も「アス」も同じプロットを引用。それが「黒人差別の歴史」「映画産業への警告」「弱者に対する搾取」「動物の見世物化」等、極めて多層的なテーマも浮かび上がる。

【貪る映画業界】
その象徴が「動く馬」。私は散々Twitterでこの映像を見せられたので(笑)、鑑賞前にリサーチしたが、Eadweard Muybridgeは、クロノフォトグラフィと呼ばれる連続写真を発明、高速度撮影で錯覚を産み出し今で言う動画を誕生させた。開発に5年を要したが、それは妻の不倫相手を射殺する殺人事件を起こした為。その映像をサンフランシスコで見たThomas Edisonがキネトスコープを発明、それがフランスに渡りシネマトグラフとして、映画が誕生した。

だから、その馬に乗った黒人の子孫には「価値」が有る。映画に登場する「動物」には人権は無く、使い手の人が使い捨ての様に扱われる。抗う社会に振り回される恐れが、あのシーンだけで鮮明に浮かび上がる。映画ですら下層の人達を搾取して創られる、今のアメリカはCOVIDの影響でレイオフが凄まじい、サブプライムローンが再び破綻するのも時間の問題、職を失う貪る「恐怖」を鮮明に描いてる。

【貪られる動物】
オープニングで描かれる「ゴーディーズ・ホーム」メタファーがチンパンジーで在ると宣言して物語は始まる。チンパンジーには人権は無いと述べたが、人に最も近いヒト科の動物だから扱われる事も多い。現在のハリウッドでは動物に対して厳しいリテラシーが存在し、資格を持つトレーナーが動物感情に配慮した演出が成され、エンドロールで動物愛護のアナウンスが義務付けられる。私は動物は苦手で、生家の近所に京都市動物園も有るが行った事が幼稚園以来無い(笑)。しかし、チンパンジーが人間が到底敵わない腕力なのは知ってる。一方で気性が激しく扱い難いとも聞く。

日本でも日光猿軍団がTVを賑わす時代も有った。現在はコンプライアンスの問題で御呼びでないが、今も名を変えて公演してるらしい。日本テレビの動物番組「天才!志村どうぶつ園」でも、ベビー服を着せたプリンちゃんを面白可笑しく取り上げだが、アレも完全に虐待。アメリカでもサタデー・ナイト・ライブで、司会者の横にチンパンジーが居て、マスコットとして擬人化。今度は動物が貪られる恐怖を描いてる。

ホラーと「猿」と言えばイギリス人William W.Jacobsの怪奇小説「猿の手」。見すぼらしい猿の前足のミイラには、持ち主の願い事を3つ叶える魔力が有る一方、成就には高い代償を伴う。古典ホラーの定番だが、これをアレンジメントしたのが「笑ゥせぇるすまん」、お分かり頂けただろうか。子役時代の恐怖をUFO召喚で同じ過ちを繰り返す。それが動物に対する搾取の代償と言う「恐怖」に結び付く。本作は監督の個人事務所の製作だが、その名は「Monkeypaw Productions」猿の足。

【貪れない生命体】
秀逸なのは未知の生命体への接し方。此処でRoland Emmerich監督の様に「UFOを撃退しろ」とアメリカ軍が総力挙げる展開ならば、貪る映画と貪られる動物を改めて肯定する危険、ソレを見事に回避してる。地球が壊れて逝くのを「映画って楽しいな!」無邪気に喜ぶ感性は、もう化石の如く時代遅れと痛烈に反省する事も厭わない。私がディズニーが嫌いな理由は「アベンジャーズ」の様に、多くの罪も無い市民が町を破壊されて死んで逝くのを、ヒロイックだと勘違いしてる事。夢を貪る裏側で、踏み躙られてる人達が居る事も忘れてはイケない。

その点、本作は未知の生命体を「撮る」事にフォーカスする。この選択の真の意味は、監督が「ソレでも俺は映画が好きなんだ」。人を襲うUFOでさえ、リスペクトに近い敬意を表してる。終盤で熱く語られる「IMAXフィルムで撮るぞ!」そう言えば私も劇場のIMAXで観てるわ(笑)。観客と想いを同じくする姿勢にも表れてる。未知の生命体はJean Jacketと言うが、私にはレビュー済「DUNE デューン 砂の惑星」サンドワームにも見えた。砂虫は畏怖を意味してる、ジーン・ジャケットも変身するまでは。

【貪るべき都市伝説】
監督はアフリカ系アメリカ人だが、本作のセンター・プロットがUFOアブダクション、それは有名な「ヒル夫妻誘拐事件」アメリカで最初のUFO誘拐事件と符合する。夫妻の夫もアフリカ系アメリカ人。つまり映画も都市伝説も黒人から始まったと。ソレの意味する所は、黒人は見られるだけで、私腹を肥やすのは何時も白人。そんな理不尽な歴史をチンパンジーの暴走に置き換え「俺達だって見られてるばかりじゃないんだ!」この客観性のリバーシブルは「ゲット・アウト」「アス」監督の理念でも有る。それが西部劇の様に、見る者と見られる者の物語へと進化する。「動く馬」の様に貪る白人の領域だったモノを黒人の手に取り戻すナラティブ。

スリラー的な意味では「ゲット・アウト」はコメディアン出身の監督らしいシリアスでも与太話が漂うセンスが秀逸だが、「アス」は硬質な社会派スリラーで笑う要素はラストだけ。自ら監督する筈だった「キャンディマン」に至っては都市伝説ホラーが、モダン・スリラーに変質。監督は真面目にホラー映画として創ったが、ホラーの「怖さ」と言うのは、感じ方がバリエーションに富んでおり、だからこそ飽きずに観れる訳だが、ノープの場合は直接的な描写はゲリラ豪雨の血の雨ぐらい、アトモスフィアな薄気味悪さで支配。其処で感じたのは初めて見た出雲大社、大古には48mの高さが有ったと、復元模型も展示されてた。私は京都に住み多くの寺社を見てるが、あの異世界感を本作を観て想い出した。

チンパンジーが攻撃的に為った理由が「風船」、其れをジーン・ジャケットに飲み込ませて決着したのは、人を傷付けない、人を犠牲にしない「貪る」を否定する良い着地点だと思う。そして「動く馬」で叶わなかった自ら撮影する、締め括りは監督が大好きな日本の「AKIRA」でスライディング・ストップ。スリラーらしく綺麗なオチで、最後の最後まで映画を撮る楽しさをアピール。それと共存する「史上最高のホラー監督」もう満点以外考えられない。

本作には後日談が有り、生き残った3人は井戸のカメラで捉えた写真を基に、動物学者を巻き込んで論文を発表する。タイトル「Occulonimbus edoequus」海洋生物に興味の有る方は、是非(笑)。
nerdist.com/article/nope-alien-name-revealed-science-consultant-interview-kelsi-rutledge-jordan-peele/

最大の謎は冒頭の直立した「靴」。アレが何を意味するのか?是非自分で考えて下さい(笑)。
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