ゆず

LOVE LIFEのゆずのネタバレレビュー・内容・結末

LOVE LIFE(2022年製作の映画)
4.0

このレビューはネタバレを含みます

若い夫婦がいて、妻の方の連れ子がいたけれど、その男の子が事故で死んでしまい、夫婦はその悲しみを共有できない。そこに別れた元夫が帰ってきて三角関係になる。
主人公の女性が住んでいた部屋を出て行き、誰もいないがらんとした部屋に矢野顕子の「LOVE LIFE」が流れる。

矢野顕子の歌のおもしろさって、いろんな解釈を許してくれるところ。特に「LOVE LIFE」はそうだと思う。「離れていても愛することはできる」という歌詞は、最初はそれこそ男女の距離感を想像していた。離れているカップルかもしれないし、別れたあとの心情を歌っているかもしれない。だけど、そもそもこれは男女ではなくて、死んでしまった人、たとえば子供を亡くしてしまった親の心情を歌っているのかもしれない、そう解釈したときに、一気に物語が思い浮かんできた。

幸福を求めるための選択は残酷な非選択を孕み、恋愛はそれを明確に描きやすい題材。結果として「選ばれなかった人間」にフォーカスを当てることになるが、そこに恋愛を映画で描くことの意義と面白さがある。

手話でも独り言がある。
日本語の手話と韓国語の手話は、実は3割ほどが同じ。ろう者のコミュニケーションは、互いに向き合って相手と目と目で見つめ合うのが非常に重要である、逆に視線をそらすのは強い拒否の表現である、ということを知ることができた。一方で、聴者の感覚だと、普段親しい人たちと話すときのほうが、目をしっかりと見なくなってくる。そのコミュニケーションの違いっておもしろいなと思ううちに、この三角関係の一つのポイントとして、見る/見ないのモチーフを入れられるんじゃないかと思いついた。

この物語では距離が大きなテーマ。ただ、映像で距離を描くのは、簡単そうに見えて非常に難しい問題。
そこでまずは舞台を団地にして、二つに分かれた棟に二郎と妙子、そして二郎の両親がそれぞれ住んでいて、そこを行き来することで物語を進めていこうと考えついた。やがて公園に寝泊まりしていたシンジが二郎の両親が住んでいた部屋に来て、今度は妙子たちの部屋にやってくる、そしてその部屋の風呂場へと足を踏み入れる、というように段々と距離が縮まっていく。その伸縮が大事だと考えた。距離感を可視化するために、撮影手法についても要所要所でワンカットでいこうと決めた。棟と棟の移動はもちろん、妙子と二郎の仕事場も「徒歩30秒の距離」と設定し、ワンカットで移動を描く。

映像でどう距離を描くかって、作り手にとってひとつの課題。以前、宮崎駿が『太陽の王子 ホルスの大冒険』という、高畑勲が監督で、宮崎が場面設計・美術設計等で参加した初期作品についてインタビューで語っていた。宮崎たちは、メインの舞台となる村について、ここに主人公の家があって、ここに櫓があって、みたいな位置関係をものすごく緻密に設定してつくったそう。だけど映像にしてみたら、東西南北もわからないし距離がどれだけ離れているかも近いのかも全然伝わってこなかった。
その反省のなかで、宮崎は、水平の距離は映像で描くのは難しい、映像の中での移動は垂直で示さなければいけないのだと理解したそう。例えば『天空の城ラピュタ』では、空から物語が始まり主人公が地上に降りてくる。そしてさらに地下へ降りていき、今度は地上へ、空の上へと昇って終わります。つまり横の位置関係はなかなか伝わらないけど、縦の距離感は直感的にわかるんだということ。
 だからこそこの映画でも、団地の二つの棟を歩いて渡るとき、そこに階段での上り下りを加えることで、縦の移動を実感できるようにしたわけです。
たとえば、二郎と山崎が逢引きしていた場所が長野県だったとして、じゃあ妙子とパクが行くのは東京から見てそれよりもっと遠い岐阜県だ、となっても、その距離感は映像ではうまく伝わらない。ここはしっかり海を越えて日本とは別の文化圏に行くんだ、と見せる必要がある。かといって、妙子とシンジを飛行機には乗せたくない。逃避行をしているのに、「アテンション、プリーズ」とか言われてベルトを締めたり、となるとちょっと雰囲気が違うよなと(笑)。であれば、船で行ける外国、そして日本にとってもっとも近くて遠い外国は韓国である。そんなふうにシンジの国籍が決まっていった。

人の悪意や残酷さって、その人個人が持つものというより、関係性のなかで生まれてくるもの。関係性によって立場も見え方も全然変わってくるし、そのなかで誰かを裏切ってしまうのも当然ありうること。
妙子がいろんな関係性―誰かの妻であるとか、誰かの親であるとかをすべて剥ぎ取られ、自分はたったひとりであることを自覚したあと、それでも誰かと生きていかなければいけない、という感覚を描きたいと思うようになった。

黄色。薄気味悪い映画(褒めてる)

『グランド・ホテル』(1932)
『田舎司祭の日記』
ゆず

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