シシオリシンシ

ノー・シャークのシシオリシンシのレビュー・感想・評価

ノー・シャーク(2022年製作の映画)
3.8
毎年暇がなく製作されるサメ映画という一大ジャンルにおいて、カウンターを食らわせてきた作品。
サメに食べられて死にたい主人公の倒錯的な思考と繊細な感情の移ろいが全編完全にモノローグでのみ語られている純文学的な異色作。

ざっくりした内容は、
一人の女性がサメに食べられて死にたいという願いを叶えるためにさまざまなビーチに足を運ぶ
というもの。

タイトルのとおり「サメのいないサメ映画」で、110分の尺がほぼ全て主人公のモノローグで埋め尽くされている。

主人公チェイスは自意識が強くナルシストでプライドも高いが、目的や言動がしょっちゅうブレる。
だが彼女のモノローグはリアルタイムで垂れ流した自分語りなので彼女の人格としてのブレはない。むしろ人間の思考って案外こういう感じにブレるよなと不思議と納得もさせられるので、彼女の頭のなかの機微を追った思考実験映画として見ごたえがある。

またチェイスの主観では最もらしい崇高なことを言っているが、実際に流れているシーンの印象が彼女と観客とでズレが生じているのが自然と笑いを誘うポイントだ。
ほぼ100%チェイスの主観の映画だからこそ観客がそのズレをツッコむという構図が出来ているのが能動的な笑いのギミックになっていて興味深い。

またチェイスがビーチで出会う女や男の印象や評価がコロコロ変わるのはおかしみを感じさせつつも共感もさせられて良かった。
良い人だけどなんかダメ、悪いヤツだけどここだけは好き、といった刹那的な出会いのなかで実在感のある複雑な感情をチェイスなりの感性で言語化していたのは流石だと思えた。

最後に起きたあるどんでん返しによって、
「一人の女性がサメに食べられて死にたい」
という目的は達成されるが、彼女が誰でサメとは何なのかをズラすことで、この映画の本当の主題が見えてくるのが面白い。
チェイスは女性の身体に倒錯的な感情を抱き自身をアーティストと自称し続けていたことからも、この帰結は彼女にとって行き当たりばったりの選択だが、成るべくして成った必然でもあったと納得させられた。

サメ映画が好きという人にオススメというよりは、純文学が好きな人にこそオススメしたい、そんな作品。
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