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それでも幸福でいなさいのカポERRORのレビュー・感想・評価

それでも幸福でいなさい(2021年製作の映画)
3.8
本作を仕事帰りにスマホで視聴したのは大誤算だった。
10/23(月)20時過ぎ、山手線の内回り、五反田から東京に向かう7号車の端っこの席で、人目をはばからず咽び泣いていたスーツ姿の怪しい男…それは他ならぬ私である。
僅か13分の短編と高を括って、Filmarksのあらすじも確認せずに観はじめたのが運の尽きだった。
私が、絶対に、無防備な公衆の面前で観るべき作品ではなかったのだ。
よもや、私にとってタブーの”母ちゃんもの“だったとは。
気付いたものの時すでに遅く…私の海馬はおふくろの記憶を呼び起こしていた。

✤✤✤

私のおふくろは青森県弘前市出身、身長169cm、昭和の時代では珍しい長身の鉄人である。
身長150cmの猿的な小動物である親父との身長差は、実に19cm。
横に並ぶと猿回しと間違えられるため、おふくろは必ず5m以上離れて後方を歩いた。
「…こうすれば、前がら来だふとが遠近法で身長、等倍さ錯覚するびょん(こうすれば、前から来た人が遠近法で身長を等倍に錯覚するでしょ)」…という津軽弁全開のおふくろなりの補足説明もあり。
おふくろの性格は、とにかく気丈でポジティブで…まさに”為せば成る“を地で行く人だ。
鉄人の武勇伝は数しれず。
交通事故で車にはねられ、乗っていた自転車ごと5mも吹っ飛ばされたのに、鎖骨骨折や脱臼や打撲程度で済んで、1週間後には退院していた。
子宮筋腫と卵巣ポリープで3kgもの肥大化した臓器を摘出された時も、麻酔が切れた後には、病室でにっこり笑ってガッツポーズを披露した。
親父(モンキー)も弟も、血を見ると貧血で倒れてしまうおよそ使えない体質(?)のため、おふくろの入院や手術の際には必ず私が付き添った。
おふくろは付き添う私に毎回こう言うのだ。
「へっちゃらよ!」
それがおふくろの口癖なのである。
ぶっちゃけ、今どきこんなワードを連呼するのは、ドラゴンボールZの主題歌でシャウトする影山ヒロノブか私のおふくろくらいであろう。
とにかく、精神的にも肉体的にもとことんタフな9割方オス(♂)の女性…それが私のおふくろなのだ。

私が社会人になり、実家から離れて暮らすようになってからは、あまり実家に顔を出せなくなった。
私が就職した先は某メーカー営業なのだが、何せ絵に書いたようなブラックで、毎晩終電で帰るか会社に泊まるかの二択の生活を強いられていたのだ。
まさに、リアル『ゾン100』である。
おまけにパワハラ・モラハラの百貨店状態。
配属後の〖私〗の歓迎会で、”上司に酒を注がない“と〖私〗が難癖を付けられ、先輩社員に後頭部をMAXパワーでグーパンされる始末である。
そんな職場で10年以上を耐え続けた私は、いつの間にか感情の起伏が希薄になり、夜は全く眠れなくなっていた。
今とは違い、終身雇用が持て囃され、転職がマイノリティだったその当時、逃げる等という発想は全く湧いてこなかった。
私が歯向かわないのを良いことに、上司は私に次々と難儀な客や不良事故の対応を押し付けてきた。
私は、そのような重責を担うのは評価の裏返しだ…と自分自身に鼓舞するように言い聞かせた。
そして、あの年の7月。
重大不良事故が6件立て続けに発生し、私は1ヶ月間1日も家に帰れなかった。
上司からは毎日呪詛のようにシネコロスシネコロス…と連呼された。
私はもはや、心身ともに人間ではなくなっていた。
深夜残業中、気が付くと会社のトイレに現場作業用のタイガーロープを持ち込んで、扉の端にそれを括りつけて首を吊ろうとしていた。
そこまでは覚えている。
だが、その後、気付いた時には見慣れぬ病室で横たわっていた。
どうやら、半端者は死の選択さえも、自由にならなかったらしい。
不思議だったのは、ぼんやりと脳裏に「あの仕事は大丈夫だろうか?」「同僚にしわ寄せが行ってないか?」と、この期に及んで仕事の心配事ばかりが浮かんできた点だ。
全く救いようのない社畜である。
ふと右手を見ると、そこにおふくろが座っていた。
点滴が終わったら帰ろうと言う。
おふくろの指示通り、点滴後に着替えてタクシーに乗り込むと、数ヶ月ぶりの実家に向かった。
実家に着き、おふくろは何も言わずに風呂を沸かして私を入れた。
それから、奥の和室に布団を敷いて、私にそこで寝るよう促した。
その部屋の窓には遮光カーテンが掛けられ、日中もひどく暗かった。
私は、暗いのが何より有難かった。
陽の光や人の顔を見るのが、この上なく怖かったのだ。
鬱病と診断されたのは、それから大分経って、外を出歩けるようになってからの話だ。
私はその暗い部屋で10日間ひたすら眠り続けた。
食事は殆ど取らなかった。
トイレも夜中に1度行くか行かない程度だった。
和室に籠って10日後のこと。
切り分けたリンゴを皿に盛って、おふくろが部屋に現れた。
そんなおふくろに向けて、私が最初に放った言葉。
それは「親不孝でごめん」だった。
何故そんな言葉を発したのかは、正直自分でもよく分からない。
ただ、おふくろはきっといつものように「へっちゃらよ!」と笑顔で私を元気づけるのだろうと予測していた。
しかし、おふくろは私の予想に反し、真顔でこう言った。
「おめは生ぎでらだげで親孝行だ。おめが生ぎでらはんで、わっきゃどったに辛ぇごども我慢出来る。だはんで、おめは生ぎろじゃ。(お前は生きているだけで親孝行だ。お前が生きているから、私はどんなに辛いことも我慢出来る。だから、お前は生きなさい。)」
その目にはうっすら涙を浮かべていた。
私はその時ようやく気付いたのだ。
へっちゃらなわけあるはずがない。
車に5mもはね飛ばされて、3kgまで腫れあがった子宮と卵巣を切除されて…へっちゃらな人間なんていやしない。
この人は、どんなに痛くても、どんなに苦しくても、人一倍心の弱いこの私の前で、絶対に弱音を吐かず、気丈に笑顔を見せ続けたのだ。
それは、私を想う無償の愛に他ならなかった。
そんな偉大なおふくろに、私は一体何をしてきたのか。
私はただただ頷くのが精一杯だった。

翌朝、私は遮光カーテンと窓を開け放った。
とにかく、びしょ濡れの枕を干したかったのだ。
まばゆい陽の光が、容赦なくミイラのような私の身体に降り注いだ。
眩しかったが、不思議と恐怖はなかった。
ゆっくりと目を開けて、その光を感じながら、私は生まれて初めてこう思った。
「生きよう」

✤✤✤

私にとって”母ちゃんもの“が如何に危険なジャンルかは、これでお分かり頂けたと思う。
こんな偉大なおふくろとシンクロしたら、無条件で号泣コース確定なのだ。
これまでにも『湯を沸かすほどの熱い愛』『スタンド・アップ』『ずっとあなたを愛してる』『アイアン・ソルジャー』『八日目の蝉』『ルーム』『チェンジリング』『最愛の子』『灼熱の魂』『ハロー!?ゴースト』『こんにちは、私のお母さん』etc.....無数の”母ちゃんもの“に撃破されてきた。
本作もショートフィルムながら、私を打ちのめした”母ちゃんもの“の栄えある殿堂に、堂々と名を連ねることとなったのである。
心から祝福したい。
だが、世の中にはまだきっとあるはずだ…
私の知らない未知の”母ちゃんもの“が。
そして、このFilmarksの偉大なる同胞賢者諸氏ならば、そうしたコアな”母ちゃんもの“を知っていよう。
そんな訳で、皆さんの一押し、号泣必死の”母ちゃんもの“作品があれば、是非コメント欄で教えて頂きたい。
ネピアをスタンバイしてお待ちしている。
13分で感涙を誘う…センスの塊 定谷美海監督作品『それでも幸福でいなさい』が気になった方は、是非御鑑賞あれ。
現在、U-NEXTで配信中。

※長文御免
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