雑記猫

SHE SAID/シー・セッド その名を暴けの雑記猫のレビュー・感想・評価

3.5
 ハリウッドの大物映画プロデューサー・ハーヴェイ・ワインスタインによる性的暴行事件の告発記事が掲載されるまでを描いた作品。当時、当該記事を担当したニューヨーク・タイムズの女性記者・ジョディ・カンターとミーガン・トゥーイーによるノンフィクション調査報道を原作としており、彼女ら2人の視点で取材の進展が描かれる。


 ニューヨーク・タイムズの2人の女性記者がワインスタインによる性的暴行事件を取材し、告発記事を発表するまでが描かれる本作。1本の映画として観ると、全体の7-8割が関係者への聞き込みで、残りの2-3割が記事の執筆と関係各所への最終調整というかなり思い切った構成となっている。特に聞き込みパートは証言をしてくれる協力者に巡り合うまで、膨大な数の被害者や関係者にただひたすら会いに行っては断られるのを繰り返すという流れになっている。本作は原作がノンフィクションであることから、当然、ご都合的な展開は一切描かれないのであるが、そこを考慮に入れてもなお相当に物語性を排除して制作されているように思われる。というのも、そもそも本作が題材としているニューヨーク・タイムズの告発記事が発表されたのが2017年という相当最近のことであり、そのため、性的暴行事件による被害者たちやワインスタイン自身がまだ存命で、かつ、まだ裁判等の諸々がまだ完全には決着していないため、原作に脚色を加えるのは時期尚早なのである。といったわけで、本作は上映時間のそのほとんどが証言者探しに費やされるのだが、この証言者がとにかく見つからない。そして、証言してくれる被害者が現れても、告発記事に必要な実名報道を許可してくれる証言者となると輪をかけていないのである。ワインスタインの被害女性たちはその多くが証言を拒否するのだが、その理由は様々で、過去の性的被害によるトラウマから自身の被害について公表する気になれない、ワインスタインとの間で証言を禁止する不平等な契約を結んでしまっている、マスコミへの強い不信感がある、などの要因が複雑に絡み合っている。そのため、ジョディとミーガンの2人は全米や場合によっては国外を飛び回っては取材を断られ続けるのだが、この彼女らの取材における苦悩を通して、性被害報道の難しさ、さらには、性被害を受けた女性が声を上げることの難しさが描かれている。本作のメッセージは第一には当然ながら性犯罪への強い抗議なのだが、それ以上に本作は、性被害者の女性たちの声がいかに社会に掻き消されてしまうのかを描くところに力点が置かれている。


 前述の通り、本作は過度な物語性を付与しないというスタンスで制作されているため、主人公の2人の記者の視点からは知り得ない内容は作中から極力排除されている。そのため、被害女性たちの回想シーンもほぼほぼ描かれず、性被害は彼女たちの証言のみで描かれる。さらに、物語の最重要人物であるハーヴェイ・ワインスタインも電話越しでしか登場しないため、物語の中心にいる人物でありながら、その実像はそれほどは浮かび上がってこない。これについては上述の様々な事情を勘案したうえで、いかに原作に誠実に向き合うかを検討した結果であろうと思われるので、強く批判する気はない。だが一方で、このスタンスがゆえにどうしても本作は性暴力へのアンチテーゼよりも、記者たちの苦労話という側面が強く出すぎてしまっている気がしてならない。記者たちの努力自体は称賛されるべきものだが、1本の映画として制作するのであれば、もっと被害女性たちの苦悩にもフォーカスを当てるべきではなかったかと思う。もっと言えば、このような描き方がしたいのであれば劇映画でなくドキュメンタリー映画として制作すればよかったのではないだろうか。この原作を映画化した意義は十二分にあったと思う一方で、劇映画というアプローチをとるにはまだ早い題材だったのかもしれない。
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