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熊は、いない/ノー・ベアーズのakiakaneのレビュー・感想・評価

4.1
イラン政府から出国を禁止されているジャファル・パナヒ監督(ジャファル・パナヒ)は、トルコとの国境に近いイランの小さな村で部屋を借り、ノートパソコンとWi-Fiを使ってトルコにいる助監督のレザ(レザ・ヘイダリ)へ演出の指示を出す。トルコでは監督の指示の下、フランスへの亡命を図る男女の様子をドキュメンタリーで撮影している。
人物と状況は限りなくリアルに近いが現実ではなく、フィクションとリアルの「国境線」の上に立つ興味深い二重構造の本作。
そしてこの構造は、映画を撮る者や観る者、当然監督自身にも「権力に邪魔されようが、現在ならこんな監督のやり方もある」「時に感動し、時に教訓にし、時に演出した映像の人物は素材ではなく生きた人間だ」と、覚悟と自戒を突き付けてくるようでもある。

物語ラストで警告音が鳴り続ける車のサイドブレーキを引いた監督は留まったのだろうか、それとも去ったのだろうか。恐らく留まって撮影を続けたはずだ。
現実に当局に映画制作を禁止されながら、それでも撮影し発信することをやめない彼は、国家権力だろうが寒村のしきたりだろうが、その納得できない現実にカメラを向け続けるのだろう。

《余談》
①思わず唸ったのは観賞後に改めて見た本作の邦題『熊は、いない』だ。「熊なんていない」「熊はいない」ではなく「熊は、いない」。
日本語の助詞「は」は、
「Aは好き。(でもBは…)」という()の中の部分を示唆するニュアンスを持つ。さらに「、」によって「熊は、」と「いない」が一つのタイトルの中で分離し前者が強調される。
村外部の脅威を意味する熊は、いない。同時に、熊でない「何か」の脅威が存在することをこの僅か6文字が示唆してくる。

②ヤグーブを本作唯一とも言える悪役らしい悪役に、それこそ「演出過剰」に描き過ぎているのではないかと思った。彼が粗暴な態度ではなく
「僕だって既婚者のあなたが捕まったらご家族がかわいそうだと思って身代わりになったじゃありませんか」
「僕はもう30歳です。みなさんみたいな幸せな家庭を築きたいんです」
「僕の未来を奪わないで…」
みたいな感傷と同情を煽るような態度なら「彼もつらいんだね…」とか言い出す人が一定数絶対いると思うし、問題の深刻さがより描けたと思う。

※なお、この言い方でも「みんな(男)に当然宛がわれるべき女という資産が所有物にならないなんて、自分は被害者」と言っているだけなのでクソ野郎であることに1ミクロンも変わりはない。

(字幕翻訳:大西公子)
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