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バートン・フィンクのFrapentaのレビュー・感想・評価

バートン・フィンク(1991年製作の映画)
4.8
有望な作家が不気味な館に住み込むことで奇想天外な面倒ごとに巻き込まれていくブラックコメディ……なのだろう。静謐なブラックコメディでもあるノーカントリーを作ったコーエン兄弟だからおそらくそういうジャンルと推測する。この作品を観て、ノーカントリーってコーエン兄弟だからこそできた作品なんだと実感させられた。正直原作ありきかと思ったが、今作の「不条理」という要素とかなり類似している。考察含め楽しめた。

後半の怒涛の展開で特に顕著になったが、今作はロサンゼルス版シャイニングに思えた。この物語の本質は不気味な館に運悪く入居してしまったが、原因を受け入れてしまったが故に報いを受けてしまうといったところだろう。シャイニングでは原住民の怨念が怪奇現象を作り出したのが示唆されているが、今作は隣人であるチャーリーが怪奇現象の元だと言える。


チャーリーが持つ原初の悪意は温度で表されている。謎にぺりぺりと剥がれていく壁紙。これはチャーリーがもたらす暑さによって粘着剤が溶けている証拠である。そして、終盤彼を追う刑事たちと対峙する時、彼の本質が暴かれたかのように、館の温度が急上昇して、ついに引火してしまうのである。「精神の生活を見せてやる!」(ちなみにこの時の原語セリフは"I'll show you The Life of The Mind!"なので、ハンナアーレントの「精神の生活」が元?)と叫びながら鬼の形相で向かってくるシーンはまさに彼の悪魔的な精神を体現したかのようだった。すごいシーン。ただただ圧倒されて笑ってしまう。
炎に囲まれた中でのバートンとの会話も力の強大さが示唆されている。チャーリーはスランプに陥るバートンに自分の住処に不平を言われ憤慨するも、手を差し伸べたという。現に、チャーリーはレスリング作品に関して直接的にも間接的にもヒントを与えており、バートンが自負する傑作はチャーリー無くしてはあり得なかっただろう。

そうしたチャーリーの悪魔の囁きをバートンが受け入れてしまったがゆえに彼にとって不可解な現象が頻発していく。一番大きいのは夜を共にした人妻が死んでいたことだが、いつのまにか気にしなくなりむしろスラスラと脚本を書き進められるようになっているのは違和感。しかも、書き終えたあとは内なる感情が表出しすぎている。明らかに精神的な異常をきたしている。この異常性はチャーリーと手を取り合ってしまったからだろう。
そんな悪魔的契約が成功に結びつくとは到底考えられないわけで、傑作と考えていたものが今まで味方でいた社長によって全否定され、しかも「書かせるが製作しない」生き地獄を与えられてしまう。この社長の変貌ぶりも面白くて、急に将軍とか言い出すから笑ってしまう。ただこれもタブーを世に送ってしまったことによる世界の変容が示されていて良い演出に思った。

というか、この作品は終盤になるまで戦時下なのに気づきにくいような気がした。チャーリーの「ハイルヒトラー」発言(この前のセリフがナチスの蛮行について言及している「精神の生活」のことを指しているならより爆弾発言が際立つかも?)であったり、前述の将軍だったりと、ヒントになる描写は後半になってからだったと思う。
しかし、これもメタファーの可能性は十分にある。戦争の如く(脚本家における)生存競争に半ば受動的に巻き込まれ、その不条理に轢き殺されてしまったかのようだった。

魂が抜けたような無力感に陥ったバートンが最後に観たのは、ビーチでの水着を着た女性の背中の姿だった。この光景は脚本執筆中いつも目を惹いていた部屋に掛けられた写真そのままだった。つまり、館に入り込んでしまいそこから抜け出せなくなったことを示していると思う。いつも思い悩んでいた時に眺めていた写真に体ごと入り込んでしまったという事実は、決して成功とはいえない結果からくる描写だろう。出口が描かれない館はスランプのメタファーとも捉えられ、そこから一生抜け出せず一体化してしまったバートンの終局には心が少し痛む。個人的には、この"夢"に似た描写で締めくくるのはノーカントリーにも似た味わい深さがあるし、写真に入り込んでしまうのはシャイニングのオチそのものでもあってなかなか面白かった。

裏方の製作陣については、まずロジャーディーキンスが画をバチっと決めてくれるのはさすがだった。しかし、個人的には画的にまだ古臭さを感じてしまった。館の不気味さを示す湿気強めな色彩やアングルはすでにらしさ全開だったが、静的なショットが多いのが今となっては少し退屈だった。カーターバウエルはノーカントリーの時は影に身を潜めていたが、今作はより前面に出ていて、彼が創り出す愉快で滑稽な音楽が染み渡ってきた。

ジョンタトゥーロはトランスフォーマーシリーズで愉快なイメージがすっかり定着してしまっていて、今作のポスターもひょっこり隣室の様子をうかがう感じが愉快そうだなと思っていた。しかし、その内実は物悲しかった。ザバットマンでも魅せた快演のほうがデフォルトのようだ。ジョングッドマンは相変わらず怖い。でも今回の顔が一番好きだ。


総括すると、コーエン兄弟の真髄みたいな不条理物語だったと思う。一番近しい作品のは現状ノーカントリーなのではないか。
とにかく、ノーカントリー好きはハマる、同じ系譜を踏んでいる傑作だった。
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