ヌテッラ

サントメール ある被告のヌテッラのレビュー・感想・評価

サントメール ある被告(2022年製作の映画)
4.9
ギリシャ神話のメデイアを題材にして、社会の周縁に置かれた女性の子殺しについて卒論を書いたので、思うところがあり過ぎてボロボロに泣いてしまった。傑作です。黒人女性の子殺し、っていう点では多分トニ・モリスンのBelovedも意識されていて、そうやって何層にも何層にも丁寧に、かつ意識的に意味のレイヤーが重ねられているので(パゾリーニの『王女メデイア』の引用まであるし、幻視が云々というのはセネカの『メデイア』)、その層が一つずつ自分の中に沈み込む度に、感情の波が押し寄せてきて大変だった。Belovedの題材になった実在の黒人奴隷の女性、マーガレット・ガーナーも'The Modern Medea'って通称をつけられてるけど、確かモリスン自身は、西洋古典文学っていう白人男性が白人男性のために作り上げてきた物語の伝統をレンズにして、有色人種の女性の物語を読むことに対して懐疑的だったと思うので、そういう点も意識しながら観た。母性神話を盲信する社会は、我が子を殺す母親なんて、血も涙もないモンスターだ、と簡単に言うけれど、女性は皆きっと心のどこかで、自分の中にそこはかとない「メデイアらしさ」が潜んでいることをわかっていて、その自覚と、自覚からくる不安感、不安感を受け入れたところにあるシンパシー、っていう女性の内面世界の機微を的確に捉えていた素晴らしい映画だったと思う。最後に、映画の作りとしては『燃ゆる女の肖像』に似た繊細さがあって、あれが好きだった人はきっとこれも好きなんじゃないかと思う。

(映画が進行すると同時に少しずつ情報を回収して理解が動いていくタイプの作品なので、前情報をあまり入れずに観るのをおすすめしたい、ということで敢えてこのくらいにしておく...)
ヌテッラ

ヌテッラ