安藤エヌ

パリタクシーの安藤エヌのレビュー・感想・評価

パリタクシー(2022年製作の映画)
3.9
オンライン試写にて。

試写状のビジュアルを見て微笑ましいロードムービーのような印象を受け、もともとタクシー運転手が主人公の映画に興味を持っていたのもあり、キャッチコピーにある「意外すぎる……」とはどういうことかと思いながら鑑賞。

確かに想像していた展開とはかなり違った。主人公のタクシー運転手・シャルルが乗せた客のマドレーヌが、目的地に向かうまでの道中で自分の過去について話すのだが、それが一貫して1950年代という時代がはらむ女性への厳しさや処遇を描いており、ひとりの女性が長い自由を奪われ、波乱万丈な人生を歩んできた苦しみや痛みが、回想シーンから切に伝わってくる。

彼女は時代に生きた人で、それゆえに"旅"ができない人だった。常に強く在ろうとしたが、失うことの多い人生を歩まざるをえなかった。
毎年タクシーで地球3周分走る、という無意識な"旅"を人生の中で経験しているシャルル(しかし本当の意味での"旅"は出来ていない)と、恣意と暴力により自由と尊厳を奪われ、愛する者を失い、生きる場所を限定されてきたマドレーヌ。パリの反対側まで向かうという2人だけの旅の中で、マドレーヌの人生を知り、煩雑な街並みと人々に疲れ切り、人生に諦観していたシャルルの顔つきや心構えが明らかに変化していく。

マドレーヌという1人の女性の尊厳について深く思いを巡らせ、そして切なくも美しいエンドロールを見届けた後、彼女の柔らかな笑顔を思い出し、シャルルが再び踏み出す人生に思いを馳せた。

旅とは、自分を知ること。
そして、時に誰かの、自分の人生を見つめることだ。

熱い涙のこぼれる名小品だった。
安藤エヌ

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