やん

福田村事件のやんのレビュー・感想・評価

福田村事件(2023年製作の映画)
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映画について語るときに
『現代で実際の出来事を語る重要性』
と同時に、根本的な
『映画自体の質について語る』
事の難しさを常々感じてる。

まず前提として
私はこの映画を見れて良かったし
見なければ福田村事件について
知ることもできなかった。
SNSが無くてはならない世代に産まれ、
どの業界よりも噂話が好きな映画業界に生きている私自身、噂によって誰か少数派を非難することで味方をつくり、その反対に噂によって数少ない友人を無くしてきた。
しかし、語ることはやっぱり難しい。
どんなに言葉をつくしても、行動をつくしても伝わらないことばかり。『事実』はその瞬間にのみ存在して、今も過去もすでに歪んでる。その歪みを無くすためには(無くなりはしないが)過去を歴史を知り、いろんな人の記憶に耳を澄まさなければいけない。
それでもやっぱり理解し切ることは難しい。

電車や街で、身体がぶつかっても
知らない顔(あるいはぶつかっていることにすら無自覚である)で歩き続ける日本人には特に難しい。敏感になりたい。
あなたの肌を触りたい。

この映画について。
私は好きではない。井浦新を中心とする語尾をとめる芝居が苦手であるし、『通りすがりの人を勝手にさばくな』と言われてもなお、なぜ疑わしいものを罰したのか、ということを描き切れていないから
現代の集団殺人なんて滅多にない日本国民の個人性にまでつながってこない。この映画を作って何がしたかったのか。
観客に投げつける⇆観客個人に語りかける
どっちでもいいが、どっちもまだまだ。

事件を知る誰か、から聞いた話を
その誰か、が感情的に大人数に話してる
のをきいているきぶん。

↓映画見て思い出したこと。
↓最近おもうこと。
日本人みんなやくざみたい
身内だけは異常に守ろうとするのに
『その他大勢』は死んでも生きてても
どうでもいいようだ。笑い物にしても
『男』『女』『ホームレス』みたいに
言葉にして、箱に押し込める。
んで理解した気になる。
やん

やん