ロッツォ國友

フェイブルマンズのロッツォ國友のレビュー・感想・評価

フェイブルマンズ(2022年製作の映画)
4.7
芸術は、お前にまばゆいばかりの栄光をもたらす。
だが芸術は、お前に耐え難い孤独をももたらす。
「芸術」はお前を切り裂き呑み込む、ライオンの口なんだよ。


……自伝まで面白いのかよ…………………



予告を観てもピンと来なかったので優先順位下げててたまたま鑑賞……したけどめちゃくちゃ良かった!!!!

やはり巨匠は、違いますね。。。。
圧倒されてしまった。


本作は、映画がもたらすものの全てを描こうとしている。
冒頭で母と父に連れられて初鑑賞したその瞬間から、サミーは映画の魔法にとらわれたままだ。

映画を観る。
映画に魅せられる。
映画を構想する。
映画を撮る。
映画を見せる。
映画で魅せる。
映画で伝える。
映画で、変える。

映画が人生にもたらす"全て"が詰め込まれている。
彼が映画に魅入られ取り憑かれてゆくパートは、映画への無垢な"衝突"が真剣に描かれていて本当に良かったし、彼が映画を通して様々な人の心に多大な影響を与えてゆく展開も非常に面白かった。

映画が人生を変えてゆく魔法は、
映画を観終わった瞬間から始まるんだよね。


サミー少年が、母が、家族が、ボーイスカウト軍団が、ランニング野郎が、映画の持つ剥き出しのパワーに圧倒されていく描写はどれも溢れんばかりの躍動感と説得力があり素晴らしかった。
もちろん、良い影響のシーンも悪い影響のシーンも含めて、ね。



映画の一つのまとまった瞬間を「カット」と呼ぶよね。
まさに、この世界のある瞬間を切り取って初めて、一つのフィルムが出来上がる。

そして瞬間瞬間を大量に切り刻むことでできたフィルムを改めて繋げて見せれば、なめらかな映像が完成するのだ。
その全てが錯覚と知ってなお、熱狂させられてしまう。
これを魔法と呼ばずして何とするか。



本作全体のテーマを言い表わすなら、「『芸術』と『人間のどうしようもなさ』の交わり」といったところだろうか。

映画が、映画を取り巻く全てが面白くて仕方ないのだが、周囲の理解はそれほど得られないし、犠牲にしなくてはならないものも多いし、常に作り手の意図を超えるレベルの影響があり、何が起こるか分からない。
で、それは映画云々というよりは、芸術そのものが必然的に持ち得てしまう"力"であることが中盤で説明される。

芸術は限りなく素晴らしいし、それを追いかけずにはいられないが、その道のりは地獄そのものなのだろう。

サミーは爺の言うまま、芸術の魔力によって常に「引き裂かれ」続けている。



映画を見せるために、現実を切り取らなくてはならない。
映画を構成する虚構のために、真実を捻じ曲げなければならない。

現実世界を切り取る過程で、またそれを編集し作品に仕立てあげる過程で、映像が持ち得る無垢で強力なインパクトに、作り手自身も少なからず酔い、傷を負う。

それでも、人々の心を惹きつけてやまないのが、芸術の力。



一方、そんな"芸術"の素晴らしさに対照するようにして、それを取り扱う人間の方は、実にどうしようもない。

本作に登場する魅力的な人物は誰も彼も、みな複雑且つ多面的に描かれている。
"徹頭徹尾に清廉潔白な正しいヤツ"みたいな存在がほとんど居ない。


こういう作品にありがちな、無限に優しいとか、常に正しいことをやるとか、急に深いセリフを言うとかそういう高尚なキャラクターを置いておらず、至らなさや愚かさのような人間的甘さの中に、どこか可愛げや愛嬌を見出せるような人物描写が徹底されている。

正しさとか善さによってではなく、一種プリミティブな次元での"共感"をもたらすことによって、登場人物に実在感のある命を吹き込んでいる。

愚かで未熟で、どうしようもないけれど、しかしそここそが愛おしく感じられるような、体温のある人間愛描写が光っている。


映画が、人々の良きも悪きも浮き彫りにしてしまって大変なんだけど、しかし他ならぬ映画こそが、人々の良きも悪きも踏み越えてゆけるのだ。



サミーも一時はその魔力に挫けそうになってしまったが…即ち"引き裂かれる"体験に耐えられなくなってしまったが、それでも芸術の力、映画の魔法がもたらすポジティブな影響を追いかけずにはいられなかった。

失ったものより、これから得られるものの方がずっと大きく、価値あるものに見えたはずだ。


愚かで、救いがなくて、複雑で、どうしようもない人間の有り様をそのまま受容し、愛し、その上でお前は心のままに生きろ……というのが、本作の大きなメッセージになるだろう。

そしてサミーが、周囲の人々の良くない部分をもひっくるめて受容し愛せるようになるプロセスにこそ、"映画"が無くてはならないファクターとして登場しているわけですね。



…本当は、本作には数々の引用やオマージュや技法が輝いてるんだと思うんだけど……全然読み取る余裕がなかった……w
激突!、プライベートライアン、E.T.を撮る予兆…くらいじゃないすかね。。

映画の魔法が躍動し、人生を輝かせたり狂わせたりする映像に魅入られてて、それどころじゃなかったよ。
巧妙過ぎるんだか何なんだか。だからわたくしめには解説できそうなところはないです。
圧倒。



あと補足的に、ちょっとネタバレチックにはなるけど。。。。


個人的に、ものすごく印象に残った「時間飛ばし描写」が二つある。

一つ目は、少年期から青年期に切り替わるところ。
そもそもこれ、文脈的には伝記映画・自伝映画に当たるので、人生の出来事を追ってゆく映像にする過程の中で、どこかのタイミングで「カットして時間を飛ばす」必要性が絶対に出てくる。
本作ではその切り替えが極めて技巧的で素晴らしいと感じた。

特に印象的だったのが、この少年期の終わりシーン。
少年のサミーが、オモチャの汽車やら妹達やらを撮って夢中で映画にしまくってるシーンから、次のカットに切り替わると青年になっており、友達とカメラを回しているシーンに移行する。

時間が飛んで、場所も状況も全然違うけど、彼自身は「撮りたい映像のためにカメラを回す小僧」のまま。
何も変わっていないのだ。

夢中でカメラを回していたらいつの間にか青年になっていた……というのは、まさに彼の実感そのものなのではないだろうか。


尺の都合で切ったんじゃなく、本当に実感として、時間感覚が飛ぶくらいカメラを回し続けていたってことなんじゃないかな?
その切り方の、シームレスでありながらも分かり易く、シーンの熱量を下げないまま時間を移動するカットがむちゃくちゃに良かった。

時間が飛ぶカットって、本来は観る側的に熱がひと段落する所だと思うんだけど、そのあまりの巧さにむしろテンションが上がってしまった。

夢中になってたら長い時間が過ぎていたことって、あるもんね。


そしてもう一つは、極太の葉巻が出てくる例のシーン。
最高だったねえ。

要素だけを見れば、「いきなり切れた」と思いそうな作りだが、これが全くそう感じさせない。

終わりではなく、始まりに見えるから。
そしてこれを、スピルバーグが撮っているから。


物語を切ったのではなくて、やはり彼の実感として
「とんでもない出会いにぶつかり、圧倒される程のパワーを受けて、どんな目にあってでも映画を撮りたくて仕方がない!!と胸が躍動する」
シーンで切れるのは、それはつまり、彼自身が今もその時の小僧のままだからじゃないだろうか?


その時から何も変わっていないから、それ以降は描くまでもないのだ。
「これが、今に至る僕の心の全てだよ」と、そう言っているように感じたのだ。

あのあとから今日この瞬間まで、何も変わらない。
少年がいつの間にか大人になっていたように、映画の魔法にかけられた青年フェイブルマンが、いつのまにかスピルバーグになっていたんだろうね。



実話映画とかもそうだけど、伝記映画ってオチがないんだよ。
ヤマ場は面白いけど、絶対にオチは尻すぼみになる。だから毎回心配しながら映画を観に行く。
どう着地すんだろう…みたいなね。

本作は個人的に、尻すぼみ感ゼロだった。
雨上がりの空を見て、水たまりでスキップしたくなるような、あの晴れやかな締め方。
最高だったなぁ。



なんか最近割と「映画の映画」が流行ってた感じしない?

バビロンとか、エンパイア・オブ・ライトとか……あと何だっけ、直近でもう2作くらい映画の映画があった気がする。忘れた。

これもその流れの一つにカウントはされると思うけど……やっぱねえ、一つ次元が違う感じがするんだよね。


誰が一番映画を愛しているか?みたいなくだらねえ話にしたくないんだけど、映画というものが人生にもたらすインパクトを示す表現の厚みとしては、やはり抜群に多層的且つ高度だったと思うんだよね。

もっと言えば、映画作りや映画自体を甘やかし方向に全肯定していないし、しかしもちろん、映画の悪さをあげつらう悲観的否定路線ってわけでもない。

上述したように、芸術としての映画には…そのあまりにも強い魔力には、良いところも悪いところも沢山ある。
しかしそれでも、「僕は映画を撮りたくて仕方がないのだ」という、作り手としてのポジティブな結論に着地させているし、ちゃんと観る者をそこまで連れてくる手腕を発揮している点が、素晴らしいと思うんだよね。

大ゲサかもしれないけど「映画の映画」ジャンルの中で、一つ階層が大きく変わったような、そんな作品に思えましたね。



いやぁ……あまりにも面白かった。
面白い映画を観たなぁ!って、ウキウキしながら運転してたw

映画の魔法を俯瞰的に表現したこの映画にもまた、見終わった瞬間から始まる魔法がある。
謎の無限ループ。
すごい。

自伝映画としても最高の出来だったんじゃないかしら。
オチまでホットでイイ!!!
最初はどうなるんだろう…と思ってたけど、めちゃくちゃ面白かったよ!!!

ごっつあんでした!
ロッツォ國友

ロッツォ國友