ムニ

春に散るのムニのレビュー・感想・評価

春に散る(2023年製作の映画)
4.7
気が付けば、掌には爪跡が刻まれ、額には汗が溜まり、心は静寂の叫び声を上げていた。

そんな映画を、観た。

「深夜特急」などの作品で知られる孤高の作家、沢木耕太郎による小品を実写化した本作。
緩急自在にドラマを操る瀬々敬久監督が手掛ける作品ということで、人間描写の細やかさは言うに及ばず。

本作の恐ろしさは、そのドラマの果てにあるラストのボクシングシーンにあった。

音楽は、消された。たった二人のボクサーの擦れる靴の音が響く。2人はただ、本能と理性の狭間で死闘を描く。
静寂という狂騒、闘いを遊ぶ喚起、そのボクシング独特のリズムが生み出す世界は、観客を白熱の狂気へと誘う。

息を忘れる。身体は前に傾く。叫びにならない歓声が熱を帯びる劇場は、ピリピリ、ピリピリと観客の身体を刺す。

12ラウンドの静かな死闘は、日本映画の小さな、確かな勝ち筋を見せてくれた。

別の作品でボクサーを演じた横浜、窪田を使ったのも嘘のない瀬々演出の答えだ。

後は、何も言わない。
この美しく、汚く、心が躍るラストの死闘に、ただ没頭してください。それだけです。
ムニ

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