ゑぎ

夢のシネマ 東京の夢のゑぎのレビュー・感想・評価

夢のシネマ 東京の夢(1995年製作の映画)
3.5
 東京メトロポリタンテレビ向けに映画誕生100年記念ということで製作された52分のドキュメンタリー番組。基本的に、本サイトにはテレビ作品は記載しないつもりなのだが、劇場で見たし、映画レベルと云っていい品質とも思うので、例外的に感想を記載したい。

 副題は「明治の日本を映像に記録したエトランジェ ガブリエル・ヴェール」。このヴェールという人の一生、特に、旅人としての人生を追いながら、映画について考察する。全編に亘って吉田喜重のナレーションが入っている。冒頭は、ヴェールが日本から母国フランスのリヨンに帰郷した後に、友人らと撮った写真が示される。その写真の中に日本の番傘が映っている。傘には漢字で「米」「愛宕三」という文字が見える。吉田は、東京の愛宕三丁目の米屋の番傘だろうと云う。実はもう一文字、「山」と「加」を上下に(山一證券のロゴのように)組み合わせた屋号も記載されている。ともかく、番傘はヴェールが日本を旅した証しなのだ。

 ヴェールの出身地リヨンは、リュミエール兄弟の出身地でもある。ヴェールはリュミエール社から海外に派遣された撮影者だ。彼は25歳で化学の知識を活かしてリュミエール社のカメラマンになり、1885年パリのカフェでの映画初上映から半年後には、南米へ派遣される。そのスピード感覚にも驚いた。一旦フランスへ帰国後、日本への旅に出るが、その後、失意の内にリュミエール社を辞め、晩年はモロッコの宮廷写真家になったということだ。

 ヴェールが撮影した動画の紹介は、日本で撮られたものだけでなく、日本に来る前の南米での撮影フィルムも、晩年に撮影されたモロッコの人たちが映っているものもある。これらを映す前に、律儀に、映写機の青い光のショットを出す、というところが、いいリズムを作る。南米でのフィルムで、インディオの女性の顔をカメラへ向ける白人男性が映っている断片があり、これは、ヴェールにとっても特別の体験だっただろうと、吉田は考察する。映画は、時に撮る側が権力になる、という瞬間を感じたのだろうと。あるいは、権力が隠そうとするものまで映ってしまうヤバい道具であることも。

 明治の日本を映した部分では、主に芸妓などの市井の女性が、被写体として好まれている点や、北海道でアイヌ民族の当時の姿を残している部分なんかが強調されている。そんな中で、農夫が田んぼの横の小さな水車の上に乗り、足で踏むようにして水車を回転させるシーンが面白かった。この風景は同時にスチル写真でも撮られて残されているのだが、スチル写真の方には上半身裸の女性も一緒に映っているのだ。なぜか、映画に半裸の女性は映っていない。

 あと、ところどころ、当時の日本やパリを再現したイメージ処理や、ちょっとした劇部分も挿入されるのだが、これもなかなか良く出来ている。例えば、グラスに発泡水を注ぐショットのその奥にヴェールの写真を配置した画面。ヴェールの写真を回想のような使い方をした演出。はたまた、ヴェールを監視する日本政府の官吏を演じているのは高橋明だ。クダンの番傘をくれた女性の再現シーンは、志水希梨子か。あるいは、日本からフランスへ帰ったヴェールが友達と屋外で食事をするシーン。さらに、フランス人女性が番傘を持って川辺に立っているショットは『按摩と女』の高峰三枝子みたいじゃないか。

 そして終盤で出て来るモロッコの人々を撮ったカラーフィルムも感慨深い。ヴェールは、日本から帰郷後、パリ万博でのフィルム上映が中止になったことで失望し、映画撮影からは完全に遠ざかったのか、と思わせておいて、人生の終盤で映画に回帰したという事実を繰り出すのだ。しかし、ラスト近くになって、日本へ渡る前のメキシコで撮られた決闘(2人の男が拳銃で決闘する場面)のフィルムが挿入され、映画の持つ虚偽性を突きつける。確かにこれは衝撃的なフィルムなのだ。吉田は、決闘が演じられているものだと断定しているのだが、本当にそうなのだろうか。いずれにしても、映画は、被写体とカメラ(撮影者・製作者)の関係を写し撮る危険なメディアである、ということがよく伝わってくる。
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