かんぬ

怪物のかんぬのレビュー・感想・評価

怪物(2023年製作の映画)
3.9
全て理解した後に、もう一回最初から観たくなる、そんな映画だった。

自分が見ているのは相手の一面であって、いくら親密でも相手の全てを知ることはできないと改めて感じた。
親密な相手だからこそ全てを知りたいと思うけど、実際は親密だからこそ見せられない部分もあるのですね。と分かってはいるし、全てを見せないことが是なのだとは思うけど、実際にそういう振る舞いができるかどうかは別のお話。

同じ人を取り巻く同じ出来事を描くにしても、語り手が変わるだけで受ける印象ががらっと変わることに驚いた。是枝さんってこういう叙述トリックみたいなことをあんまりしないから、脚本家が変わるだけで作風も大きく変わるのだなと思った。
是枝作品につきものの、がつんとした余韻とか心に石を置かれたような重苦しさはあんまり無かった。全体的なストーリーとその語り方が面白すぎて、エンタメとして引き込まれたな。ただその中にも社会的な問題提起はあったから、余韻はそれなりに残っている。

以下、微ネタバレ。


お母さんは家での息子を見ることしかできないし、息子の言っていることを信じることしかできないのだと感じた。息子の身をいちばんに案じているし、息子を守ることを使命にしているけど、そういう「お母さん」だからこそ、見ることのできない息子の内面があることがあることに、皮肉めいたものを感じた。
でも、息子の発言を信じ、それを基に息子を守ることしかできないのですね。見えているものや発言されたことが全てではないと分かってはいるし、見ているものを疑う癖がついていたとしても、いざ「子供」という自分より大事なものを守る必要が出た時、自分は子供の言うことを疑ったり深読みすることはできるのだろうか。子供と向き合うとき、しかもその子供が窮地に陥っている(っぽい)ときに、そんな冷静に理性を働かせられない気がする。直感で動いて、子供を取り巻く不穏な要素は何がなんでも排除しようと考えてしまう気がするな。


先生パートもむちゃくちゃ興味深かった。お母さんの目線で見た時は責任逃れしているクソ教師だと思ったけど、教師の目線に立つと、そう見えたことにも理由があると分かった。
教師個人としては人間としてお母さんに向き合い、お母さんにしっかり説明したいという責任感を持っていても、学校ぐるみで対応する時には、個々の
責任感より学校としての面子が大事になってしまうの、なんだかなという気がする。謝罪会見を見て、心がこもってなさすぎてイライラすることがあるけど、心をこめていないなんらかの理由があるかもしれないのですね。こういう、今まで全く意識してなかった裏の部分に思いを馳せられるようになった。
目の前の保護者を納得させるよりも大事な面子って何なんだよと思うけど、面子を守らなかったら事態はさらに大きいことになり、学校全体のイメージが悪くなると考えると、保護者の納得と学校の体面、どちらが重んじられるべきなのか分からなくなる。学校も組織であり、教育委員会みたいな大きな力がバックについている以上、そこと折り合いをつけないといけないのかな。なんだかなあ。政府とか省庁とかの、漠然としているけど大きい力を考えるとき、いっつもなんだか割り切れない気持ちになる。


そして子供パート!小学5年生っていう年齢が絶妙すぎた。考え方だったり自認だったり他者との向き合い方などに、自我が確立していないからこその葛藤が散りばめられていた。5年生という時期だからこそ試練となる出来事ってあるなと思った。振り返れば自分も、精神が成熟していないからこそ犯した失敗がたくさんあるんだろうな。
いじめられっ子と仲良くしたい、けど自分はいじめられたくないという二律背反とか、性機能が完成していないから起こる身体の反応と、それに対する理由づけに戸惑う気持ちとか、こうした戸惑いをお母さんにどうぶつけていいか分からなくて嘘をついてしまうこととか、意図せずともその嘘が大ごとになってしまったことへの罪悪感とか、全部わかる!となった。全く同じ経験はしていないけど、成熟する段階で多かれ少なかれ似たような経験は重ねてきたな。あるいは今も重ねているのかもしれない。
こういう経験を材料として精神が成熟するのだけど、自分というたかが一個人の成熟のために、周りの人をざっくり傷つけてしまうのがやるせない。とはいえ、自分も未来の世代の成熟のために傷つけられるのかもしれないけど。自分が行ったどうしようもないことは、そうやって還ってくるのかな。


というのが各パートに対する感想で、ここからは全体に対する感想。
まずもう、役者陣が素晴らしかった。
安藤サクラのオーラの消し方には、目を見張るものがあるな。化粧とか服装でバチバチに存在感を出すこともできるのに、逆に存在感を消すこともできるのがすごい。俳優というオーラがついてしまう存在なのに、どこにでもいる普通のお母さんを違和感なく演じられるのがすごいな。これは万引き家族の時も思った。
あと先生役の人の、視点によってひたむきにも無責任にも見える様子が印象に残った。同じことを同じように言っているのに、見え方が変わるのがすごいな。語彙力がバカすぎるけど、役者さんってすごい。

その他キャスティングで印象的だったのは、角ちゃんと野呂佳代。ゴッドタンが大好きなので、ゴッドタンファミリーの2人が日本を代表する映画に出てたのにまず驚いた。
角ちゃんは役者としての存在感がえげつないな。脇役だったしそこまで出番がなかったのにも関わらず、演じているキャラの人間性とか性格をがっちり理解することができた。ああいう、ナンバー2っぽい感じとか長いものに巻かれる感じとかが、本当に似合う。03のコントでは情けないキャラばっかりやってるけど、そうじゃない演技をたくさん見られるから、役者としての角ちゃんを見るのは楽しい。
野呂佳代が役者をやっているのは初めて見たけど、作品への馴染み方がすごいな!バラドルのイメージが強い彼女をキャストとして抜擢した人、センスがありすぎる。小学生の子を持つお母さんという役どころだったけど、所帯じみた雰囲気が滲み出てたな〜。旦那も子供も出てなかったのに、旦那と子供の存在をバックに感じることができた。もっとたくさん役者やってほしい。


あと、音楽が良かった!是枝作品の音楽っていっつも印象に残るけど、これも例に漏れず。なんせ坂本龍一だからな。
是枝作品の音楽、いつもは心の琴線に触れる感じが強いけど、これはそんなに感じなかった。同じようにピアノを使ってるのになぜだろう。多分、いい意味で音楽の存在感が強くなくて、シーンにぴったり溶け込んでいたからかな。音楽と映像の調和が素晴らしかった。



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息子が教師に虐待されていると思った母親が学校を問い詰めるが、要領を得ない答えが返ってくる。
同じ出来事を教師側・息子側から見ると、教師は息子を虐待しておらず、息子は事情があって教師に罪を着せるような嘘をついていたことがわかる。
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