ふぁーふぁさん

怪物のふぁーふぁさんのレビュー・感想・評価

怪物(2023年製作の映画)
4.8

久々に即二度目が観たくなった作品。


監督 : 是枝裕和
脚本 : 坂元裕二
音楽 : 坂本龍一


もうこれは観るしかないな、の組み合わせ。


母親、教師、子供、同じ時間軸に起こった出来事をそれぞれの視点から描いた三部構成。



第一部は母親(安藤サクラ)視点。

初めは対岸の火事を傍観者として呑気に眺めていた母親が、
「息子がいじめを受けているのではないか?」と疑念を抱いたことを境に、
あれよあれよと自らの足元に押し寄せた火に飲み込まれ当事者となってしまう。

理解できていると思っていた息子のことがわからなくなる焦りや真実を語ろうとしない学校側に対する怒りを見事に演じているのだが、
それに対する校長(田中裕子)の怪演っぷりよ…


「豚の脳を移植された人間は、人間?豚?」
この子供の問いに対する大人の答え方の正解とは。
"豚の脳"というフレーズがサブリミナル的に他のセリフにも出てくるのだが、
それが"怪物"という言葉の薄暗い不気味さを演出しているようにも思える。



第二部は教師(永山瑛太)視点。

坂元裕二作品常連の永山瑛太演じる教師 保利は『最高の離婚』の光生を彷彿とさせるキャラでちょっとニヤリとしてしまった。

今回永山瑛太の役だけが当て書きになっている。
(当て書き : 役を演じる俳優をあらかじめ決めておいてから脚本を書くこと)

保利と彼女(高畑充希)の会話に出てくる
「男の"(ゴム着けなくても)大丈夫"と女の"また今度"は信じちゃダメって学校で教えてないの?」というセリフとゆるい空気感が坂元裕二らしさ全開で笑ってしまったのだが、
これも後々凄い角度で伏線回収となるプロットの秀逸さ。


第一部では完全に"加害者"として映っていた保利が、第二部の視点ではオセロがひっくり返ったように"被害者"に反転する。


"事実"はひとつだけど、
"真実"は見る人や角度によって変わる。

「こうであろう」という観念や憶測、
「こう思いたい」という願望や欲求、
あらゆる要素が絡んで真実は時に都合良く歪まされたりもするもので、
それぞれの視点で「怪物」の意味が異なってくる。


そして「あれ?…私達はもしかしてとてつもなく大きな誤解をしていたのではないか?」と観客は皆、
さっきまでの自分の感情や思い込みに恐怖を覚え、それも怪物のひとつだと気付く。



第三部は子供(黒川想矢)視点。


"コミュニケーションにおける無意識の加害性"
というのがこの作品の重要なメッセージのひとつなのだが、
風船のような軽さで発した言葉が、時に受け取る側の心に鉛のような重さでこびり付くことがある、ということを改めて考えさせられる。

作中だと母親が子供に発した「普通でいい」だったり、教師の「男らしく」という何気ない言葉が"自分は普通ではないのかもしれない"とマイノリティーに葛藤する子供の心を追いつめてしまう。


第一部、第二部で「怪物だらけやんけ…」と少々胃もたれしてしまったのだが、

他人と関わりを持つことで生まれる負の部分というのは多かれ少なかれあるわけで、
作品を通して次々と目の当たりにする痛みや汚さ、理不尽さ(私はこれらも怪物と捉えた)は現実世界でも日常的に溢れているものでもある。

それは自らの過去の経験や体感と、映像から反復されるものが重なることで
独特の重々しさや息苦しさ(これを胃もたれと表した)を観る側の心に生み、
「なぜ」と問題提起してきたのかもしれない。



第三部はこれまでとガラッと変わり、緑の匂いが漂ってくるような鮮やかさと瑞々しさ。
彼らの秘密基地がある場所は童話的雰囲気でユートピアの如く美しく、
あんな場所よく見つけたなぁと感心してしまった。(ロケ地 : 長野県諏訪市)

その景色に光の雫のようにこぼれる坂本龍一のピアノの何と美しいこと。
このピアノの音色が映像の透明感を最大限に引き出しており、
これぞ是枝節!という感じで子供達がとにかく瑞々しくきらきらしている。


子役二人の演技がとても自然で、純粋無垢な中に何ともいえない危うさと儚さがあり、
二人が語り合うシーンはただただ美しかった。

彼らはただ、好きな人と一緒にいたかっただけなのだ。



台風のある日、横転した電車の窓
大人達が外側から必死に窓を塞ぐ泥を掻き分けようとするのだが、
激しく叩き付ける雨と流れ込む泥が、それを拒否するかのように窓を真っ黒く塗り潰してしまうので視界を捉えることができない。

けれど子供達がいる内側から窓を見上げると黒い空に降り注ぐ雨粒は白く輝き、それはまるで満天の星空のように美しく見えた。

前者は大人の心、後者は子供達の心のようで
あのコントラストの演出はとても印象的だった。



エンディングの解釈は、観る人の数だけ真実があるようにどう解釈しても正解なのだろう。


製作陣、俳優陣、全てが本当に素晴らしかった。
湊役の黒川くんは『誰も知らない』の時の柳楽くんを思わせる内に秘めた感じが良かったし、
依里役の柊木くんは、ありゃ末恐ろしい天才型だと思った。今後が楽しみ。


あらゆる事実が明らかになり、伏線回収の嵐となるのだが、
そのパズルのピースの多さに「もう一度観よう」と思ってしまった126分。
是枝裕和監督×坂元裕二氏の最強タッグ、お見事でした。