若色

怪物の若色のレビュー・感想・評価

怪物(2023年製作の映画)
3.9
これぞ是枝作品、これぞ坂元裕二脚本を観せてもらった。
映画を観ながら観客は、頭の中で登場人物に次々とバツをつける作業を繰り返す。
こいつが悪い…いや違う。悪いのはこいつだ間違いない。いや…?という自問自答が止まらない。やがてハタと気づく、純粋な悪なんてないんじゃないかと。もしかしたら自分は浅はかな視聴者のために「純粋な悪者」という虚像を生み出す、メディアと同じことをしてるのではないかと。(このあたりは「白ゆき姫殺人事件」を思い出した)

住宅街からもほど近い、ガールズバーの入った複合ビル火災と、台風上陸の日までを異なる視点で行ったり来たりする構成では、ループする度に新情報が更新される。時にこの更新では、同時間の同じ人を映しているのに、同一人物でないかのような違和感を思わせ、パラレルワールドに紛れ込んだかのような感覚を観客に植え付ける。

では前ループでは誤りがあったのだろうか?と聞かれると、そんなことはないと思う。
私たちは所詮見える世界も覚えられる情報も限定的で、自身の気分で相手の印象の受け取り方は変わり、ささいな噂により受け取る言葉の意味さえ変わる。
実際に、本作で安藤サクラの自宅の物が多い雑多な景色を見て、働く様子を見て、彼女の経済事情を理解したつもりになってはいないか?
私たちはそんな弱っちくて頼りない存在なのだ。
そんな我らが、正義や愛など強い思いと同期すると時に厄介であり、運悪く集団化してしまうと日本赤軍リンチ事件や、オウム真理教の一連の事件のように常人には考えられない非道をいとも簡単に犯す。(このあたりを知りたい方は森達也監督作品・著書を読むことをおすすめします)
第一次世界大戦の原因を簡単に説明できないのは、トリガーとなったオーストリア皇太子殺害以前のこんがらがった状況を踏まえなければならないからだ。それは植民地時代の始まりまで遡る必要があるし、その土地に元からあった習慣を理解しなければならない。
本作も「誰が悪者=怪物なんだ?」という疑問をあえて問いかけるとすれば、それはミナトが父親の仏壇に向かって「なんで生まれてきたの?」と消え入りそうな声で尋ねるように、誰々(=怪物)がいなければ起こらなかったなんて、そんな単純な話ではない。
是枝監督がしたかったことは、怪物を特定することでも、怪物はペルソナを被った真実の、、、なんて説き明かすことでもなく、どれだけ見えていない世界があるか。どれだけ聞き逃している声があるかを示したかったのではないだろうか。
是枝組の役者は素晴らしく、特に子役の見い出しには毎回恐れ入る。ミナト役の黒川想矢には「誰も知らない」の柳楽 優弥を彷彿とさせるヒリヒリとした存在感と目の演技が際立っていたし、ヨリ役の柊木陽太はまるで役そのものだった。
役者の名前を最初に出るのがセオリーであるエンドロールも、ここぞとばかりにメインスタッフの名前が先に登場する。
スタッフとキャストが一致団結したからこその本作なんだというメッセージに、最後にガツンとやられてしまった。
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