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ナショナル・シアター・ライブ 2023 「るつぼ」のkotakotaroのレビュー・感想・評価

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素晴らしかった。まず脚本がすごい。過去に映画化もされているので週末に観てみようと思った。できればもう一度観たいと思っていたが、シネリーブル池袋の上映は4/27までなので残念。いつか再上映になると嬉しいです。


ナショナルシアター上演、アーサー・ミラー原作の『るつぼ』。1692年マサチューセッツ州のセイラムという田舎町で実際におこった魔女裁判を題材に書かれた戯曲。セイラム魔女裁判は「200名近い村人が魔女として告発、19名が刑死、1名が拷問中に圧死、2人の乳児を含む5名が獄死」(Wikipediaより)したという凄惨な出来事。


ナショナルシアターの他の舞台と同様、舞台デザインと演出が現代的で美しい。舞台デザインは、リーマントリロジーのエズ・デヴリン、雨を使った表現と近未来的でミニマムな天井が良かった。U2やビヨンセの舞台も手がけるこの人の他の仕事も見てみようと思う。

演劇の特性上、身振り手振りと表情が大きい一方で、バックグラウンドノイズのように流れる控えめな音楽が良かった。映画やドラマでよくある過剰に場面を意味づけするような音楽が苦手なので。

アメリカの田舎町で様々な背景と思惑を抱えて登場する人物たち。

男女の愛憎、夫婦の愛情、土地をめぐる軋轢、子沢山の家族とそうでない家族、聖職者と法廷の自己保身、それらから起こる人々の相互不信が、まさに「るつぼ」のような状態で展開していく、一度観ただけではうまく消化できない。


集団心理が暴走し、合理的な判断のもとでは到底到達しえない悲劇的な結果に至る。

自身の良心に従い絞首台に登るプロクターの選択は、「他の選択肢も取れたのではないか」と、こちらの心に重くのしかかる。この心の重しはずっと自分の中に残るだろう。

どんな人間でも欠点はある。全体が何かおかしな方向へと進んでいく時に、自分の欠点や、犯した過ちからくる後ろめたさから、間違っていると言いづらいという状況は、誰しも経験があることではないか。そういった心の葛藤を、それぞれの登場人物が持っている。人ごとじゃないと思った。

例えば、プロクターの妻は、おそらく神経症的な病にかかっていたのであろう過去の後ろめたさから、要所要所で主張をためらってしまう。その所作が見ていて痛々しかった。

当時のアメリカのマッカーシズムという社会問題を背景に書かれた戯曲らしいが、上記のように、何かおかしなことが起こっているが、それぞれの立場、背景、互いに抱いている(主に負の)感情の中で、むしろ混乱が深まりおかしな状況が加速していくさまを描いたこの話は、いつの時代でも通じる普遍的なものだと思う。
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